後編
いつものように美容院へ行った帰り、新しくできたカフェに寄った。
葉月にお土産でケーキを買ってあげようと……
最近すごく勉強を頑張っているけれど、なかなか成績が伸びなくて悩んでいるから、元気を出してもらおうと……
大きな声で、誰と寝たとか、お金がどうとか、とにかく品性がまるで感じられない女が他の友人と話をしているのを偶然見た。
自慢げに見せていたバッグは、お祖父様に買ってもらった限定品。
私が持っているバッグと全く同じもの。
「でも、おっさんとヤるとかまじありえないんだけど」
「ばーか、おっさんだからいいんだって。金もブランド品も頼めば何でも買ってくれるし、普通にバイトするより全然いいよ! もし出来ちゃっても、金持ちばっかりだからさぁ、すぐに病院手配してくれて、一人で行っても手術してもらえるらしいし」
「なにそれ……大丈夫なの?
「大丈夫、大丈夫! 中には結構イケメンもいるし……おっさんだからキモいことは確かだけど、私が入ってるクラブはマジで金持ちばっかりだから、不潔でもないし!」
本当に同じ世界の人間とは思えない会話。
ひどいショックを受けた。
けれど、何より気になったのが、やっぱりその女の持っているバッグ。
あんな女と同じものを持っているのが嫌で仕方がない。
「このバッグとか、孫の誕生日プレゼントと一緒に買ったからってくれたんだけど……孫ってことは多分、今中学生か小学生だと思うんだよね、年齢的に! 中学生が持っていいブランドじゃねーよって教えた方がいいかなーとか思ったくらい」
「まぁ、いいんじゃない? そのおかげで、日本の経済回ってるようなもんだし」
「なに急に……なんで経済の話?」
ひどい嫌悪感で、めまいがする。
ケーキを買って、すぐにその場は立ち去ったけれど、家に帰ってからもずっとそのことが頭を離れなかった。
あの下品な女たちの会話の中に出てくる場所や人物の名前が、私の知っている人と次々に結びついてしまったから。
二階堂家の長女として、関わりのある方々のことはある程度把握している。
二階堂家は、政界や経済界、法曹界、芸能界にだって繋がりがある。
会話の一部始終を覚えていた私は、その会話からわかることから情報を集めた。
この優秀な頭脳は、レオンのおかげだと思うと皮肉な気もしたけれど、あの下品な女たちの会話がどこまで本当なのか、気になって仕方がなかった。
お祖父様でないとしても、お祖父様の知り合いが関わっている可能性がある。
もし、そうなら、そういう下品なことをする人間との付き合いは考え直すようにお祖父様に進言した方がいいと思った。
何か問題が起こる前に————私が止めなければと、そう思った。
そうしたら、お祖父様に褒めてもらえるだろうと……
でも、調べれば調べるほど、お祖父様につながっていく。
本当に、なんて馬鹿な女たちだろうと思った。
私が望んでも手にすることができなかった、お祖父様の血を————二階堂家の血を受け継いだ小さな命が、簡単に葬り去られている。
そんな時、偶然ネット上で知り合ったのが影山大志だった。
自分の父親が、家族を裏切り、若い女と……————自分の恋人と体の関係を結んでいたことに、とても悩んでいるようだった。
直接カフェで会う約束をしたけど、大志は来なかった。
その代わり、あの女を殺してしまったことを知る。
だから、私は彼に提案した。
「見て欲しいものがあるの」
あの絵を見せた。
二階堂家の離れにある、美しい十二枚の芸術。
実はここ数ヶ月前から、ひどい現実から逃れるために、気づいたら猫を殺していた私は、あの絵の通りに飾り付けることでストレスを発散していた。
————あの絵と同じものを作ることで、心の平穏を保とうとしていたけれど、本当はなにもかも同じにしたかった。
猫じゃなくて、あの絵に似た人間で……
「とても美しいでしょう? 私、これを再現したいの」
お祖父様の子供を殺した罪人に罰を与えた。
そして、天国へ行けるように、私が芸術として着飾ってあげるの。
敬愛するお祖父様が愛した、あの美しい絵のように、素敵な絵のように綺麗にして、私の作品として————
完成まであと少し。
これは芸術なの。
だから、誰も私の邪魔をしないで。
アート・オブ・テラー番外編 星来 香文子 @eru_melon
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