アート・オブ・テラー番外編
星来 香文子
前編
始まりは、ほんのわずかな好奇心だった。
お祖母様の仮通夜。
葉月は泣いていたけれど、私はお祖母様に嫌われていたせいもあって、ちっとも悲しくなんてなかった。
涙なんて出ない。
お祖母様は、私が何をしても喜んでくれない。
テストで満点を取っても、運動会の徒競走で1位になっても、絵画コンクールで金賞を受賞しても、何をしても私の方は見てくれなかった。
いつも葉月ばかりを褒めて、私の顔なんてまともに見てもくれなかった。
きっと、私がママに似ているから。
お祖母様は、ママをすごく嫌っているから、そのせい。
私は何も悪くない。
でも、みんなが泣いているのに、私だけ泣かないと冷たい子供だと言われそうで、悲しくもないのに泣いているふりをした。
最初のうちは。
だけど、どんどん退屈になって、いつまでも泣いている葉月がめんどくさくなって、私は一人で屋敷の周りを散歩することにした。
レオンも、ママも、メイドたちも、仮通夜に来るたくさんの人たちの相手で忙しくしていて、誰も私のことなんて気にしてもいなかった。
そこで見つけたのが、不思議な入り口だった。
気になって、中をのぞいて見るとコンクリートでできた階段がずっと奥まで続いている。
秘密の通路を見つけて閉まった私は、好奇心に負けて先へ進む。
そうして、たどり着いた先は暖炉のある部屋だった。
壁にかけられた絵はどれも素敵で、ここは一体どこなんだろうと窓の外を見ると、見覚えのある焼却炉を見つける。
ああ、ここは一度も入ったことがなかった、あの離れの中なのだと気がついた。
こんな風になっていたんだと、自分の住んでいる家にはまだまだ知らない場所がたくさんあるなと思った。
棚に並んだキャンバスを引っ張り出して、どんな絵だろうかと眺めて見ると、そこにはセーラー服の少女。
花やリボンで彩られた背景。
一目見て、美しいと思える作品が十二枚。
私はそれにとても感銘を受けたと同時に、昔、お祖父様がしてくれた話を思い出した。
この屋敷に住んでいた画家の話だ。
お祖父様は、その人が描く絵をとても気に入っていた。
私も、お祖父様と同じものを気に入った。
家族なのだから、当たり前のことかもしれないけれど、同じものを同じように美しいと思えることが嬉しかった。
私は将来、二階堂家の長女として、二階堂総合病院の院長になる。
お祖父様やお父様のように、立派なお医者様になって、この家の当主になる。
それは当たり前のことで、そこに何の疑いも持ってはいない。
けれど、一つだけ不安なことがあった。
私は、お父様の子供ではないかもしれないということ。
双子の妹の葉月は、私と違ってお父様の子供の頃によく似ている。
私は、お祖母様が嫌っているママに似ていて、双子の姉妹なのに全く似ていないといろんな人に言われてきた。
私たちを産んだママだって、自分に似ている私の方を可愛がってくれる。
葉月はママにはあまり似ていなくて、どちらかといえばお祖母様に似ている。
お父様がお祖母様に似ているのだから、必然的にそうなる。
でも、私は、ママに似ていて……————世間から見たら、美人といわれるものだと自覚している。
ママは本当に綺麗で、この絵の少女のように、まるで猫のような愛らしい顔をしている。
私も将来は、あんな風になるんだと思う。
でも……近頃、妙な考えが頭をよぎるの。
私は、お父様の子供じゃないかもしれない。
色素の薄い、青白い肌。
髪の色も、純粋な日本人では珍しい明るい茶色。
年齢を重ねるごとに、私の体は純粋な日本人から遠ざかっている気がしていた。
二階堂家の人間に、こんな髪色の人間はいない。
純粋な日本人の家系であるはずなのに、なぜか私だけ、別のものが混ざっている気がしていた。
お父様もお祖父様とも違うもの。
一番近いのは、レオン。
私は、どういうわけかレオンに似ている。
一緒に暮らしてはいるけど、レオンは執事で、血は繋がっていない。
それなのに、どうして何だろう?
わからない。
それがすごく不思議だった。
もしかしたら、お祖父様とお父様も、そう思っているかもしれない。
でも、それじゃぁ、葉月は?
葉月とママは似ていないけれど、全く似ていないわけじゃない。
ふとした瞬間の仕草や、甘いものが好きなところは一緒。
葉月は、私の双子の妹じゃない?
それとも、私が葉月のお姉ちゃんじゃない?
わからない。
私の中で大きくなっていくその疑問。
誰に聞くべきかわからないまま、私はインターネットで調べてみることにした。
母親が同じでも、父親が違う双子が生まれる可能性がある。
私は、その記事を見た瞬間、自分はそれなのだと思った。
ずっと前から、疑問だった。
ママとレオンから同じ匂いがする理由。
誰も見ていないところで、二人が手を繋いでいた理由。
私は、お父様の子供じゃない。
敬愛するお祖父様の血を継いでいない。
そのことがバレたら、私はどうなる……?
その先を想像するのが怖くて、私は必死だった。
二階堂家の長女として、後継者としてふさわしくいなければ。
運良く私は勉強はできた。
医大には合格できる。
あとは、誰からも愛され、誰からも羨ましがられる存在にならなくてはならない。
二階堂家の長女として、完璧な人間にならなくちゃ。
葉月にとっても、いいお姉ちゃんでいなくちゃ。
そうしているうちに、葉月が卑屈になっていることに気がついた。
私が欲しいものを、持っているくせに、葉月は口癖のようにいうようになった。
「私より、みんなお姉ちゃんが大事」
「私になんて誰も期待なんてしていないよ」
「みんな、お姉ちゃんには甘い」
なんてことを言うんだろうと思った。
私が一番欲しいものを、持っているのに————その自覚がまるでない。
敬愛するお祖父様の血が、あなたには流れているのに————
この馬鹿な妹は、自分がどれだけ素晴らしいものを受け継いでいるか、まるで自覚していなかった。
でも、そのおかげで私がより引き立つのだと私は知っている。
だから、続けた。
葉月にとって、姉の私が唯一の救いであれるように。
それでも、日に日に私の体は変化していく。
お祖父様やお父様が不審に思うことのないように、私はお祖父様にもっと気に入られようと、お祖父様のことを調べることにした。
お祖父様が好きなもの、嫌いなもの、苦手なこと、得意なこと、嬉しいこと、欲しいもの。
そんな時、あの女を見た。
「だってさぁ、一回寝ただけで、こんなにもらったんだよ? すごくない?」
私が誕生日にお祖父様から買ってもらったバッグと同じものを持って、自慢げに話している、品のかけらもない女。
ぞっとするほど、あの絵の中の少女にそっくりな、猫のような顔をした女だった。
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