第十五話 云いたいこと

「ただいま! 遅くなってごめんね! ぐっすり寝ちゃった!」

 敦が一人で騒がしく喋りながら、ばたばたと走って部屋に入ってくる。

「おかえりなさい。その――」

 何度も頭の中で練習した台詞せりふ

 短い台詞。

 とても簡単な台詞――。

「鏡花ちゃん、今日はごめんね。訓練のことと試験のことと、異能のこと、吃驚びっくりさせちゃって」

 敦は台所に立つ鏡花の横でざく切りの白い髪を揺らし、申し訳なさそうに眉を下げる。

「ううん……」

 武装探偵社に居れば、その程度のことでは一々いちいち驚かないが――。

 ――先を越されてしまった。

「……どうしたの、鏡花ちゃん? あっ、豆腐どうふ? お豆腐が足りない? 僕が購ってくるよ。ねえ、お給料上がるからさ、ちょっとだけ上等なのにしちゃおうか? ね。じゃあ、お店閉まっちゃうから、急いで行ってくるね!」

 敦は買い物袋を掴み、再びばたばたと走って部屋を出ていった。

「あ、うん……」

 まだ冷蔵庫を開けて閉めただけなのに、何故揚げ出し豆腐を作ろうとしていることが分かったのだろう。

 ――まあ、いい。

 米を洗って、薬味を切って、待っていよう。

 そして彼が帰ってきたら、ちょっとだけ上等な豆腐で揚げ出し豆腐を一緒に作って、一緒に食べて――。

 ……云いたいことは、何時云えばいいのだろう。

 料理を作っている時? 食べている時? 片付けの時? 風呂の準備中? 寝る前?

 分からない。

 太宰は、云い方については何も教えてくれなかった――。

「ただいま戻りましたあーっ!」

 鏡花は驚いて、ちょっとだけ夜叉白雪が出る。

「えへへ、すみません。急いでたから、賢治君の力を借りちゃったよ」

 敦は賢治から敦に戻りながら、買い物袋の中身を調理台に置く。

「あ、ありがとう……」

 鏡花ははみ出た夜叉白雪を仕舞しまいながら、普段より一割五分ほど高級な豆腐を手に取る。

 ――美味しそう。

「良かった。ねえ、鏡花ちゃん」

 敦は敦の顔で笑って、鏡花の顔を覗き込む。

「変態桃色木乃伊に対する反応速度、凄かったよ。多分賢治君よりも速かった。それなのに、そう、国木田さんに聞いたよ。一般の人にかすきずしか負わせないような調整ができたんだって。本当に凄い。訓練の成果が出てたね」

「ありがとう。でも、敦さんの方が凄かった。全く分からなかった。本当に賢治さんだと思ってた」

 ――云えてしまった。

「えへっ、嬉しいなあ。ありがとう、鏡花ちゃん」

 敦は、全体的に長さが余りつつも少したくましくなった身体をくねくねさせ、子供のように笑って喜ぶ。

 ――嬉しい。

 鏡花がそう思うと、敦はもっと嬉しそうに笑った。



  文豪ストレイドッグス 4 Years Later 『中島敦消失事件』  完







 ポートマフィア本部を訓練場にするんじゃねえ  by 中原中也

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文豪ストレイドッグス 4 Years Later 柿月籠野(カキヅキコモノ) @komo_yukihara

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