偶然て言うものはあるんだろうな。

空海加奈

物語なんていえるほどでもないこと

 ただ偶然ってものはあるんだろうな。


 この話をする上で端的に話そうか。


 トラックに轢かれた。そして入院してベッドの上で横たわる俺がいる。


 端的すぎて二言で終わることだ。なんてことはない、骨折して命拾いしたそれだけのことだ。


 隣のベッドにいる高校生くらいの男に暇だからトラックに轢かれたことを気まぐれに話してやったら「まるで異世界転生する人みたいだね」なんて軽く笑ってくれた。


 アニメの見過ぎか?と思ったが別に親しいわけでもない…ただこいつが何を言おうがこれだけは言える。


「異世界に行くために毎回そんなことしてたら命が幾つあっても足りねえよ」


 そう言ってその日は疲れたから窓の外を見た後に寝た。

 どんなに暇だからと言っても子供に話すような話題なんか持ち合わせてないし、アニメ?だっけか。それにも詳しくない。


 数日経った時、ふと気になって隣のベッドを見ればスマホでなにか見ているみたいで声をかけてみた。


「何見てるんだ?」

「漫画を読んでるんだよ?おじさんは見ないの?」

「おじさんはな。漫画を見てる時間がないんだよ」

「今、暇してるのに?」


 図星を突いてこられると何とも言えん。だがな、これだけは言える。


「漫画を見て俺の折れた足が治るんなら見てやる」

「おじさん病院から許可貰えばスマホ使えるよ?」


 余計なお世話だ。どうせ仕事先からの連絡しか来てないスマホなんか見たら俺の骨折がストレスで胃痛の入院になってしまうだろうが。


 ただなんだろうな?知らない価値観て言うのか?それを聞いたらなんとなく気になっても来るもんだ。人間て言うのはそういうもんだろう。だからかなり気が向いてやってナースを呼んで聞いてみたら別に迷惑をかけなければ自由に使っていいそうだ。「大部屋で通話だけはしないでください」だとよ。


 まったく騙された。許可なんていらんじゃないか…それならとスマホを事故以来から血で固まった鞄を開けて取り出せば胃痛の元である会社から連絡が来ているのを見て嫌気が差す。


「おい、なんて調べればいいんだ?」

「アプリ入れなよ…」

「読んで欲しいなら教えてくれ」

「無料漫画で出てくるよ」


 そんな雑な教え方があるか。まぁいい、調べてみればどれもこれもと色んなアプリに…なんだこれは時間が経てば見れるとかいうものやら、広告を見ればもう一ページ見れるだのとある。


 どれを見たらいいのか分からん。その時点で俺はまた寝た。


 それから二か月もすればリハビリだのと色々しながらも隣の子供とあの漫画が面白いだの言うから再度アプリを開いて見てやれば転生がどうだのと色んなものがあるんだなと思った。


 理屈は分からん。ただそういうものがあるんだなと隣で楽しそうに説明するから聞いてやった。


 ふと、こいつがなんで入院してるのかが気になった。別に体は問題なさそうなのに重い病気でも患っているんじゃないか、とかな。


 聞いてそんな話を聞けば空気が白けるだろうし聞くことはないが。それにこいつも聞かれたくないかもしれない。なら黙ってやるのがいいだろう。


 どうでもない日々がこの子供と過ごして多少でも俺は暇が無くなった。


 しばらくすれば俺は退院してもいいと言われたから退院の準備を済ましてると、随分長くこいつといた気がすると思いつつ子供がふと口にする話を聞けば。


「手術がもう少しすればあるんだ…怖いよ」

「そうか、そしたら異世界転生ってやつもできるかもな」

「その時は僕が世界を平和にするからおじさんも安心してきてね」


 俺を勝手に殺すな。だが、寿命で死んだら行ってやらんこともない。


 多少長く居すぎたせいか、仲良くなったとでも言えばいいのか思うところはあるが。もうここに戻ることはないだろう。それにこいつも俺にそこまで思うところもないだろう。


 それでも一応聞いておこう。


「手術ってのはいつやるんだ?」

「一か月後…」

「そうか、じゃあ俺が死ぬのは、あと40年くらい生きたいからそれまで頑張れよ」

「なにそれ」


 悪いが気の利いたことは言えん。ただ微かに笑ってくれたからそれで今回は良しとしよう。


 こいつがどんな病気なのかも知らなければ、こいつがこれからどんな生活が待ってるかも知らん。そして死ぬのかもしらん。


 俺は漫然と再三連絡来ていた会社に連絡を入れて、またいつもの生活に戻るだけだ。



 とはいえあの生活以降、意外と漫画って言うのは暇な時に読めば面白いと思った。時間の使い方?ってやつを学んだ気がする。それでもあの子供みたいに目をキラキラさせて話すようなことはしないが…。


 あの子供が言ってた一か月も過ぎた頃にふと、気が向いたからあの子供の見舞いにでも行ってやろうかと思ったが病室は覚えていても名前を知らないから無理だなと諦めた。


 会って別になにがしたいかとか思っていた訳じゃないがそれでも少しは気になるだろう?成功したのか失敗したのか程度には。


 それもそこまでして確認する義理は無いかと思えば病院に行くやる気も下がって、仕事を、今日も変わらない日々を過ごす。


 あぁ、そうだな。こんなつまらない人生なんてやめちまって本当に転生ってやつでもしてみたいもんかもな。ただ子供がそう思うには人生の使い道を考えたらいくらでも希望があるだろう。


 少なくとも俺みたいな人生を歩むよりは。あの大人に対して生意気な子供が本当はどんな成長をするのかなんて感傷的なことを思ったら、俺も老けたなと溜息を吐く。


 だからだろうか。そんな展開なんか望んでないが俺は同じトラックに轢かれた。こんな短期間で二度も同じことがあればうんざりしてしまう。


 ただ偶然ってものはあるんだろうな。


 だから俺は隣にいるやつに疲れた声で言ってやった。


「またトラックに轢かれたが、お互い異世界に行きそこなったな」


 点滴を打ちながら喋れるほど元気じゃなさそうなそいつは微かに笑った気がしたので良しとしよう。次買い替える鞄はどうしようかと思いつつも、今度は俺が話してやる番かと思い溜息を吐いて、窓から空を見上げた。

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偶然て言うものはあるんだろうな。 空海加奈 @soramikana

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