本編


 

 ……こんにちは。

 

 ……あの、すみません。

 

 …………私の声、聞こえますか?

 

 ………………もしもし?

 

 

 ……………………あぁ、良かった。 やっと気づいてくださいましたね。

 

 すみません。 いきなり声をかけて、驚かせてしまったでしょう。

 無理もありません。 私の姿は、"誰にも見えない"のですから。

 


 ……おや。 やはり貴方も、私のことをご存知なのですね。

 もしや、私に会いに来てくださったとか? あはは、だと嬉しいのですが。

 

 

 ともあれ、一応は自己紹介をさせて下さいね。

 私、黒馬くろうま大学の理工学部准教授をしております、栗浜くりはまと申します。

 

 ……えぇ、そうです。 私こそが、世間で騒がれている『透明人間』です。

 

 

 ━━━━━おっと。 ……申し訳ありませんが、握手など、私に触れる行為はNGとさせていただいているんです。 透明人間を作り出す装置に、指紋や傷がついてしまう可能性があるので。

 

 ……まぁ、以前はそういったファンサービスのようなものもうけたまわっていたのですが。 その……最近はマナーの悪いお客人なども多くて、私の機材が危うく壊れかけるような事案があったのです。 それ以降は、こうした会話形式でのコミュニケーションのみ行なっているんです。 悪しからず。

 

 

 透明人間になる装置、気になりますか?

 えぇ、よく質問されるんです。 本当は、専門的な知識を要する部分がたくさんあるので、一朝いっちょう一夕いっせきでお話できるものではないのですが……折角私に会いに来てくださったのですし、今日は特別に、簡単な講義をするといたしましょう。

 

 

 

 コホン。 では。

 私は黒馬大学理工学部にて、物理学を……ひいては、光の反射はんしゃ屈折くっせつについての研究をしています。

 

 私たちが物を見る行為というのは、具体的に言うと、光源からの光を物が反射し、その光を目で受け取っているということです。 太陽や電灯に照らされることで初めて、物が見えるわけですから。

 その際、物はある一定の色の光を吸収します。 つまり、吸収しきれなかった光だけが反射されるわけですね。 そうして、限定された光だけを受容した結果、反射された光の色の種類によって、その物の色が決まります。 リンゴが赤い色に見えるのは、虹色の光に照らされる中で、リンゴの表面が赤い色の光だけを反射しているからなんです。 

 

 

 えぇ、ここからが本題です。

 光の反射や屈折によって物の見え方が変わるのであれば……その反射の度合いをこちらで操作できれば、物の見え方を自在に操ることができるのではないか。 と、私は考えました。

 例えば、ガラスは光を全て通すから、透明ですよね? 逆に、鏡などは光を全て跳ね返す。 この二つの作用を上手く組み合わせれば、反射光を自由に選択できる物質を作ることができるのではないか、という寸法すんぽうです。

 

 そうして、長年の研究の末に私が開発したのが……この、光学こうがく迷彩めいさいスーツ! これを身につければ、誰でも透明人間になれるというすぐれ物です。

 ……まぁ、まだ実験段階ですから、実用化には程遠いんですけどね。 見えないでしょうけど、結構重たいんですよ、コレ。 しかも、使うことのできる場所や時間も、かなり限られている。

 

 私……透明人間が、『ガレリアかめおか』の敷地内にしか出現しない理由は、それです。

 ほら、見てください、あのガラス張りの美しい外観を。 あの建物は、私の光学迷彩スーツの反射光を調整するのにうってつけなんですよ。

 

 例えば、水の入ったコップにガラスの破片を入れると、見えなくなるでしょう? あれは、水とガラス片の光の屈折率がほとんど同じだからなんです。 要するに、水もガラスも透明だから、光がそのまま直線的に突き抜けてしまう訳ですね。

 

 つまり、私が今着用している光学迷彩スーツは、『ガレリアかめおか』の外観を成しているガラスと同じ屈折率になるように調整してあるんです。 無論、今は広場の芝生や遊具、ガラスでない壁や遮蔽しゃへい物などにも適応するよう、改良を重ねてあります。

 ……が、このようなことが出来る場所は、黒馬大学の近くだと、この『ガレリアかめおか』しかないのです。 そうして、私がここに来て実験を重ねていくうちに、施設を利用する方々が私の存在に気付き始め、たちまち『透明人間』として話題になってしまったと、そういう訳ですね。

 

 

 ……少し難しい話が続いてしまいました。 私の研究の凄さ、理解して頂けましたか?

 


 ……え? あ、あぁ……そうですね。 確かにこの話は、以前、テレビの取材が来た時に話していたかもしれません。


 ……そう、ですか。 もうご存知だったと。

 あはは……これは失礼。 ここ最近、私を目当てに『ガレリアかめおか』を訪れてくださる方が多くてですね。 ついつい、来た人に同じような話をしてしまうんです。 おしゃべりな性格も、考え物ですね。

 



 

 ……私が透明人間になろうと思ったキッカケ、ですか?

 ……えぇ、まぁ、そうですね。 えっと、確か……。

 


 …………あぁ、そう。 円山まるやま応挙おうきょです。


 ご存知ですか? 彼は、江戸時代中期に活躍した、京都の画家でしてね。 香川県の金比羅こんぴら宮にある襖絵ふすまえや、日本で初めて"足のない幽霊の絵"を描いたことなどでも有名です。 実は応挙おうきょ、もともとは農民の出身で、ここ亀岡かめおか市で生まれた人物なんだそうですよ。

 

 そんな彼の作品の一つに、『眼鏡めがね絵』というものがあります。 江戸時代に海外から伝わった文化で、円山まるやま応挙おうきょがそれを発展させたとされています。


 風景の描かれた絵を鏡に写し、それをとつレンズを通して眺める、というものです。 一見、不思議な工程ですよね? ですが、こうして絵を見ることで、絵が立体的に見えるのですから、驚きです。 現代でいうところの、VRに似たメカニズムだと考えて頂ければ、理解しやすいかと。

 あはは……本当は、実物をお見せして差し上げたい所なのですが……。 すみません……生憎あいにく、私は今"透明人間"なもので。


 

 とにかく、その眼鏡絵というものが、幼少期の私にはひどく魅力的だったのです。 それで光の科学に興味を惹かれ、大学で光学を勉強することを志し、今に至るという訳ですね。 

 


 ……え? 

 …………あぁ、確かに。 今のは私が光学に興味を持ったキッカケであって、透明人間になろうと思ったキッカケとは違いましたね。 

 いやはや、これは失敬しっけい。 まぁ、その……光学の勉強をする上で、透明人間というもののロマンを知った、と……その程度のものですよ。 あはは……。

 

 


 ……おや、どうしました? 


 もう、お帰りになられるのですか?

 ……折角私に会いに、遠くからお越し下さったのでしょう? では、もう少しお話していきましょう。 私、貴方とはなんだか楽しく話せるような気がするのです。

 ……さぁ、遠慮えんりょは要りませんから。

 


 私に聞いてみたいこと、もっとあるのではないですか?

 まぁ、研究に関する機密事項などはお話できませんが、それ以外のことでしたら何でも教えて差し上げますよ?

 ……何なりと、どんなことでも。 さぁ。

 

 

 ……性格、ですか?

 別に、前と変わったなどということはありませんよ。 人と話すのが好きな性分しょうぶんでして、今も昔もそれは変わりません。

 

 あはは。 貴方は、テレビを通してしか私のことをご覧になったことがないのでしょう? でしたら、テレビで見た私と、実際に話す私との印象が違うように感じるのも、無理はありませんよ。 私は私。 ただのおしゃべり好きな透明人間です。

 

 

 ふむ……確かに私は、半年ほどこの『ガレリアかめおか』に姿を現しませんでした。 ですがそれは、ただ大学での研究に没頭していたというだけ。 特段、怪しいことなどありませんよ。

 

 あぁ……えぇ、そうでしたね。 何の告知もなく、パタリと姿を消したことについては、申し訳なかったと思っています。 ですが、まぁ……如何いかんせん、私は『透明人間』なものですから。 音もなく姿を消してしまうのは、そういう"さが"だからとしか。

 

 あははっ、私が偽物なのではないかとお疑いですか? それは心外ですねぇ。 正真正銘、私は黒馬大学の理工学部准教授の栗浜くりはまですよ。

 それ以外の可能性など、ありえません。

 

 ……私の方からお話しようとお誘い申しましたが。 あまり要らぬ詮索せんさくをされるのは困りますねぇ。 ……もっととりとめのない、楽しい話がしたいのですよ。 私は。

 

 



 ━━━━━━おっと。 どこに行かれるんです?

 


 まだ話の途中じゃありませんか。

 


 ……怖い? 私が?

 


 あはははっ、何をおっしゃるかと思えば。

 

 私はこの町で……いえ、世間で注目されている『透明人間』。

 おしゃべり好きでフレンドリーな、ただの透明人間ですよ?

 


 そんな私の…………どこが怖いというのですか?

 

 


 …………おやおや、お顔の色がすぐれないようですねぇ。 


 まるで…………何かに取りかれたかのように真っ青だ。

 

 


 ━━━━━━おっと。


 

 …………私に触れる行為はNGだと、忠告したはずですが?

 

 ……私に実体がない、と? 

 あははははっ! とんだご冗談を。 ほら、姿は見えずとも、私はここに居るではありませんか。

 

 そんな怖い顔をしないでください。 私は、貴方に危害を加えるような気は…………

 

 

 ………………そうですか。 もう私とは仲良くしていただけないのですね。

 


 そう…………ですか。

 


 ……ええ。 それはとても……残念です。

 

 


 

 ………………であるならば。

 

 


 

 

 ━━━━━━━━このまま取りき殺してくれようか?

 

 

 

 

 あははははははははははははははははっ!!

 


 やはり気付きよったか!

 お前……やはりただの霊感持ちとは違うようじゃの

 

 

 何、簡単なことよ


 今この場に居る者で、我の声に反応したのは、お前だけだった

 つまりお前は、我の声が聞こえる存在……"そういう力"の持ち主ということだ

 

 

 ……気になるか? なぜこんな回りくどいことをしていたか

 

 我が平生へいぜいのように人に声をかけたとて、忌避きひされるだけ

 しかし、この地で威張いばっておった『透明人間』とやらに似せて声をかければ、たちまち人らは警戒を解きよった! 無論、霊感がちっともないようなヤツらには効かんが

 

 人の魂は単純でなぁ……四半刻しはんどきも捉えれば、すぐにける

 そうして、無警戒に『透明人間』に近づく連中の魂に片っ端から取りき、むさぼり食らう

 この半年近くで二十は食ろうたわ

 


 ━━━━━人の生気せいきこそ、我らの主食じゃて

 

 

 

 あともう少しでお前にもけたのだが……まぁ、気づかれてしもうたものは仕方があるまい

 



 

 …………だが、ゆめゆめ忘れるな?

 

 

 我は、お前の魂の存在を既に知覚した

 

 もう、お前は我から逃れられん

 

 ━━━━━姿の見えぬかいおびえ、さいなまれ続けるがよい

 

 

 

 ━━━━━━ずっと、ずっと

 


 ━━━━━━お前のことを見張っているぞ?

 

 


 

 あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 





 







 

 

 

 

 逃 げ ら れ る と 思 う な よ

 

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透明人間スポット 彁面ライターUFO @ufo-wings

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