宇宙人の二度目の落とし物 

望月 栞

ショートショート

 ここは広い広い宇宙。その中で天の川銀河という一つの銀河がありました。中心からずれて、端の方をクローズアップすると、太陽系が見えてきます。さらに地球という星に近付いてみると・・・・・・おや? 宇宙船が見えますね。なにやら騒がしい様子です。

「しまった!」

「また落ちてしまったぞ」

「偵察だけのはずが・・・・・・」

「どうする!」

 どうやら、今回も落とし物をしてしまったようです。落ちた先は、とある山の麓のようですよ。



 まさか、またここに落ちることになるとは・・・・・・。

 身体を起こし、空を見上げた。下弦の月が輝き、星が瞬いている。

 私はひとまず黒猫に擬態した。以前、擬態した男の記憶にあった生物だ。その姿で歩き出し、山から離れて民家の方へ向かいながら、近くに生物がいないか辺りを探る。出来ることなら、人間がいい。以前、地球に落ちたときから十年は経っている。地球文明も多少は変化があるだろう。人間から新たな情報を読み取れるのは貴重だ。

 しばらくすると、木のそばに人間が倒れているのが見えた。それに近付いていく。

 若い男だった。少なくとも、以前に地球で姿を擬態した男よりは。

 だが、あのときとは様子が違った。男は泥酔して眠ってなどなく、背中にナイフが刺さった状態でうつ伏せに倒れている。呼吸が浅い。

 男の視線が私を捉えた。唇を震わせ、何か言おうとしているようだが、声にはならない。

 私はその男に前足を触れた。記憶を読み解いていく。

 次の瞬間から、私はその男の姿になっていた。擬態完了だ。

 この男の名は横崎拓真。二十五歳だ。

 再び本物の横崎拓真を見たが、彼はもう息絶えていた。

 私はすぐそばの家に生物の気配がないため、生体反応を探ったが、感知しなかった。空き家というものなのだろう。防犯カメラもないので、横崎拓真の遺体を庭に移動させた。

 これで、しばらくはこの姿でも大丈夫だろう。


 私は仲間が迎えに来るまで、横崎拓真としていることにした。

 拓真の記憶を頼りに、住居であるアパートという建物の二階の角部屋の前に来た。鍵やスマホなど、拓真の持っていた私物はあらかじめ回収している。ポケットから取り出した部屋の鍵で扉を開けた。

 部屋へ入ってすぐそばに洗濯機、キッチンとあり、狭いワンルームだ。居間は冷蔵庫、ベッド、机、クローゼットとシンプルだ。

 時刻は六時。しばらく歩いていたので、少々疲れてしまった。拓真の私物を机に放り出して窓を開け、仲間が近くに来ているか周波数をたどって感知を試みるが、仲間の存在は感じられない。仕方ないので、ベッドに倒れ込んで少し休むことにした。ここにいれば、ひとまず余計な人間と関わることはないだろう。

 どこからか音楽が聞こえて、私は眠りから目覚めた。起き上がると、机の上のスマホが鳴っているのを確認した。

 スマホの画面には、『ひより』と表記されている。

 これは・・・・・・拓真の従妹だ。

 読み取った記憶の底から、中学生であるひよりの姿が浮かんだ。髪の短い活発そうな娘だ。

 無視してもよかったが、その浮かんだひよりの姿に何か引っかかりを覚え、スマホを操作して出てみることにした。

「もしも・・・・・・」

「拓真くん! 今どこ?」

 こちらの言葉を遮って、ひよりは早口で訊いてきた。

「どこって、家だ」

「えっ、まだ家にいるの? 今、何時だと思っているの!」

 そう言われて、私は時計に視線を移した。時計の針は十時三十分を指している。

「三十分も遅刻してるのに。もしかして、約束、忘れてたの?」

 私は十時にひよりと会うという拓真の予定を、記憶から引き出した。

「あぁ、いや、色々あって家を出るのが遅れてるんだ。すまない。今から行く」

「拓真くんが遅刻なんて珍しい。・・・・・・しょうがないな。駅の向かいのカフェで待ってるよ」

「わかった」

 ひよりは、本物の拓真が死んでいることを知らない様子だ。まだ見つかってないのか。

 私は通話を切って、着替えを始めた。コピーしたスーツ姿のままではよくないだろう。今からの予定は仕事とやらではなく、プライベートの予定のようだ。

 白いシャツにジーンズ、紺のジャケットを選んでスマホや財布などを持ち、ひよりとの待ち合わせである駅の方へ向かった。幸い、アパートの最寄りの駅で、電車を乗る必要がなかった。歩きながらも、仲間が近くへ来ていないか探っていたが、感知できないままだ。

 迎えはまだなのか。今すぐにでも仲間と合流できれば、この約束を守る必要もないのだが。

 私は駅まで来ると、その向かいのカフェへ足を運ぶ。

 店内を見渡すと、私に向けて手を振っている娘がいた。ひよりだ。窓際のソファ席にいる彼女の元へ向かう。

「やっと来た」

「すまない」

 座ろうとしたとき、ひよりの傍らに置かれているトートバッグに目が留まった。もっと正確に言うと、トートバッグにつけられているものに、だ。

「それは・・・・・・」

「あぁ、うん・・・・・・。もうお父さんが亡くなって三年になるけど、外したくなくて。お父さんが単身赴任中に一度なくしたことがあったけど、見つかってからは、またなくしたりしないようにずっとつけてる」

 それは、見覚えがあった。犬のマスコットだ。私が以前、地球から去る前に洗濯ばさみを犬のマスコットに変化させて、少女に残していったものだ。

 あの少女が、目の前にいるひよりなのか。

「どうしたの?」

 立ち尽くしたままの私を、ひよりは眉をひそめて私を見上げた。

「いや、何でもない」

 ひとまず、私はひよりの向かいに腰を下ろした。

「何飲む?」

 ひよりがメニューを差し出してきた。ひよりの前には少しだけ残った抹茶ラテが入ったカップがある。拓真はコーヒーが好きという記憶があり、それに倣って、コーヒーを注文した。

「それじゃあ、さっそく教えてね」

「えっ?」

「勉強だよ。受験のために、勉強を教えてってお願いしてたじゃん」

「そうだったか・・・・・・?」

 記憶を探ると、数日前にひよりからそんな連絡を受けていた記憶と結びついた。

「巧くんには断られちゃったし、拓真くんが頼りなんだよ」

 そうだった。塾に通えないひよりは、私・・・・・・というか、拓真に勉強とやらを見てもらいたいと希望していた。

 そして、それを拓真は快諾していた。父親を亡くしているひよりへの同情心からだ。

「ダメなの?」

 私が返答を渋っていると、詰め寄ってきた。私がひよりにわかりやすく勉強を教えるなんて、難儀だ。そもそも、私が人間にそんなことをする義理もない。

 店員がコーヒーを運んできた。それを一口飲んでから、訊いた。

「わた・・・・・・俺より、兄貴の方が教えるのが上手いだろう。兄貴は何で断ったんだ?」

 先程ひよりが言った巧とは、六つ離れた拓真の兄だ。

「忙しいからって言っていたけど、よくわからない。たぶん、仕事のせいじゃないと思うんだよね」

「どういうことだ?」

「だって、最近の巧くんは元気ないっていうか、連絡したとき、思いつめてる感じがしたんだよね。何かあったのかな?」

 巧に関して、記憶を引っ張り出した。最近としては、仕事が順調な様子だった。企画が通って何かのプロジェクトのリーダーに任されたとかなんとか。だが、詳しいことはわからない。拓真が巧の仕事にあまり興味がなかったのだろう。

 それから、数年交際している彼女にプロポーズすると言っていた。この彼女というのは、巧の学生時代の後輩で、拓真とも面識がある。

 仕事にしろ、プライベートにしろ、恐らく今は巧にとって難しい時期なのだろう。

「言葉通りなんじゃないか。色々充実しているんだろう」

「あれ、拓真くんは充実してないの?」

 拓真といえば、仕事は営業をしていたが、それを辞めてバイトをしながら転職活動をしている。だが、上手くいっていないというところか。年上の美容師の恋人もいたが、仕事を変えると決めたときに結婚をほのめかされ、拓真から別れを切り出している。

「兄貴ほどはしていない」

「それは残念。じゃあ、今日は私に付き合ってよね」

 そう言って、教材をトートバッグから取り出してきた。

「あっ、いや、ちょっと待っ・・・・・・」

 言いかけて、言葉を止めた。私は、サッと周囲を見渡した。

「拓真くん?」

 ひよりが声をかけてきたが、かまわず窓の外も含めて周囲を警戒した。一瞬、殺気のこもった視線を感じたためだ。

「ひより、今日はやめよう」

「えっ、そんなの困る! 拓真くんが来るの待ってたのに」

 ひよりの不満も、もっともだ。逡巡した後、私は口を開いた。

「じゃあ、場所を移そう」

「どうして?」

「とにかく、ここを出る」

 私は立ち上がった。伝票を持って支払いを済ませる。

「ちょっと待って、拓真くん! どこに行くの?」

 店を出た私を、ひよりがトートバッグを手に追いかけてくる。

「少し歩く」

「えっ、勉強できないじゃん」

「いいから」

 私は歩きながらも視線を感じていた。やはり、殺気がある。私が立ち止まって周囲を見渡すと、その気配が薄まった。相手もこちらの様子を伺っている。

 私が、というより、拓真が狙われているようだ。本物の拓真はすでに死んでいる。背にナイフが突き刺さっていたことから、誰かに殺されたことは明白だし、死ぬ直前の記憶には、後ろから刺されたときの衝撃があった。そのまま倒れて、誰かが遠ざかる足音を聞いている。となると、本物を殺した誰かが私を見て、拓真がまだ生きていたと勘違いし、再び殺そうとしている、というところか。

 まぁ、勘違いをしても仕方ないが、面倒なことに巻き込まれたようだ。擬態する人間を間違えたな。

 思わずため息を吐くと、ひよりの落ち込んだ声が耳に入った。

「もしかして、迷惑だった?」

 私はハッとして、ひよりを見た。彼女はうつむいていた。

「すまない、そういうわけじゃないんだ。ただ、勉強どころではないかもしれない」

 ひよりは私を見上げてきた。

「何かあった?」

「いや・・・・・・」

 言葉を濁すと、

「拓真くん、いつもと様子が違うよね」

「えっ」

「なんか、言葉が固いし、いつもはもっと気さくな感じだから」

「そうか・・・・・・?」

「会ったのは久しぶりだけど、今まで連絡はしてたし、何か変。それに今日は、周りを気にしてるよね。何かあるの?」

 ひよりはキョロキョロと辺りを見渡した。殺気は未だに感じている。

「いや、本当に何でもないんだ。だから・・・・・・勉強はまた今度!」

 そう言って、私はひよりを置いて走り出した。

「拓真くん!?」

 ひよりの驚く声が聞こえたが、かまわず走り続けた。人通りのない路地裏へ入っていき、そこで立ち止まった。殺気が迫ってきている。私は振り返った。

「拓真くん!」

「ひより!?」

 ひよりが追いかけてきていた。私のそばまで来ると立ち止まり、肩を上下に揺らして息を切らしている。

「急に、走り出すから、ビックリしたよ」

「何故、ついて来られる?」

 かなり速く走ったつもりだった。

「何故って、私、陸上部だったんだよ。知ってるでしょ?」

 中学生になったばかりのひよりが、陸上部に入部したと喋っている記憶を掘り起こした。

「そうだったな」

「拓真くんもこんなに速かったなんて知らなかった。なんだか、意外。でも、理由も言わずに置いていこうとしないで」

 ふぅ、と息を整えるひよりに、私は近付いた。

「巻き込みたくはないんだ」

 私はひよりの額に素早く手をかざした。ひよりがその場に崩れ落ちそうになるのを、私は抱き留め、近くの電信柱に寄りかかるようにして地面に座らせた。

「さっきから、ずっと俺を見ているようだが、何の用だ?」

 私は、建物の陰からこちらを伺っている視線に向けて言った。

 すると、相手はゆっくりと姿を現した。

「気付いてたのか」

 巧だった。

「拓真とひよりちゃんの姿を見かけて声をかけようと思ったら、ひよりちゃんの様子がおかしかったから、驚いたんだよ。どうしちゃったんだ?」

 ひよりをチラッと見て、巧は近付いてきた。

「問題ない。眠っているだけだ」

 私は、じっと巧を観察した。

「な、なんだよ」

 困惑の声を上げて、巧は立ち止まる。

「心拍数が上がっているな。それに、何か物騒なものを持っているようだ。上着のポケットだな」

 巧は目を見開いた。

「何のこと・・・・・・」

「カフェにいたときから感じていた。隠しきれていない殺気を。また、殺めるつもりか?」

 巧は私が全てわかっていると悟ったのか、乾いた笑いを漏らした。

「せっかく、通り魔の仕業に見せかけて刺したのに、よくわかったな。まさか、あの様子で生きていたとは思わなかった」

「何故、俺を狙う?」

 尋ねると、巧は殺気を込めて私を睨んだ。

「もう、結婚を決めたのに、彼女は俺じゃなくてお前を選んだ」

「は?」

「お前が恋人と別れたと知ったら、彼女は俺のプロポーズを断ったんだ」

「そんなことか」

 思わず呟くと、巧は怒りの表情を滲ませた。

「昔からそうだ。仕事も学歴も俺の方が上手くいっているのに、何でお前が選ばれるんだ!」

 巧は、着ていた黒いジャンパーのポケットから小型のナイフを取り出した。

「今度はちゃんと殺してやる」

 巧が私に向かってきた。ナイフを振りかざしてきたが、私は素早く避けて、巧の背後に回った。振り向いた巧に対して私が手をかざすと、巧の動きが止まる。

「何だ? 動かない・・・・・・」

「そんなもので殺される私ではない」

 私は巧を払いのけた。巧は勢いよく吹っ飛び、自動販売機にぶつかった。そのまま地面に倒れる。

「おいおい、やり過ぎるなよ」

 背後から聞き馴染みのある声がした。

「心配ない。気を失ったんだ。というか、来るのが遅いぞ」

 そこには、私の仲間が少年の姿でいた。

「君が落下地点から移動するからだぞ」

「色々あったんだ」

 仲間が巧を一瞥した。

「そのようだが・・・・・・どうするつもりだ?」

「放ってもおいてもいいが・・・・・・こっちはそうもいかないな。この娘は家に帰す」

 私はひよりに歩み寄り、抱きかかえた。

「私が擬態するこの男は、すでに死んでいる。そのままにしておくのは、この娘にとってもよくはないだろう」

「では、ひとまずこの人間達の記憶を消すか?」

「いや、別のやり方をする」

 仲間は、怪訝な顔で首を傾げた。


 学生服のひよりと喪服姿の彼女の母が、帰宅した。ひよりの部屋の明かりを確認すると、私は彼女の部屋のベランダに降り立った。

「なに・・・・・・?」

 私の気配に気付いたのか、ひよりがベランダのカーテンを開けた。私を視界に入れると、目を見開いて驚愕した。

「拓真くん・・・・・・?」

 ひよりは後ずさった。無理もない。

「ひより、少しだけいいか?」

 私は窓を開けるよう、促した。

「えっ、待って。どういうこと?」

「すまない。少し話したいだけだ。怖いなら、開けなくてもいい」

 ひよりは困惑しながらも、窓をわずかに開けた。まだ警戒しているひよりのため、私は中に入らないようにした。

「驚かせたな」

「それは、そうだよ。・・・・・・幽霊?」

「そんなところだ」

「会いに来てくれたんだ」

「勉強、教えられなかったからな。悪かった」

 ひよりはうつむいて、涙声で言った。

「そんなの、いいよ」

 私は手を伸ばして、ひよりの頭にぽん、と手を置いた。

「拓真くんもいなくなっちゃうなんて・・・・・・」

 ひよりは涙目を私に向けた。

「巧くんとは・・・・・・ううん、ごめん。何でもない」

 拓真の遺体は発見されて殺されたとわかり、巧は捕まった。ひよりにとってこれ以上なく、辛いだろう。

「もう、助けてやることは出来ない。でも、ひよりのこれからを、応援している」

 ひよりの目から涙が流れた。泣かせるつもりはなかったが、この涙を止めるのは、私には難しい。

「俺は行かなきゃならない。これが最後だ」

 ひよりは涙を拭って、笑おうとしていた。

「来てくれて、ありがとう」

 私はひよりの手首を掴んで、優しく引き寄せる。

「拓真くん?」

 ひよりはされるがままに、私に近付いた。

「またいつか、な」

 私はひよりの額に手をかざす。ひよりは眠りに落ち、私は彼女を支えた。そのまま抱えて部屋に入り、ベッドに寝かせる。

「君のやっていることに何の意味があるのか、よくわからないな」

 ベランダには、私の仲間が待機していた。宇宙船で待っていろと言ったのに。

「私にもわかっていない。だが、この娘にはこれが必要だと思った」

 私は眠っているひよりに背を向け、ベランダに出た。上空には、宇宙船が浮かんでいた。地球の人間には認識できないよう、宇宙船にはフィルターが掛かっている。

「待たせたな。行こう」

 私達はベランダの手すりを蹴って浮かび上がり、宇宙船を目指した。



                               ー了ー

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宇宙人の二度目の落とし物  望月 栞 @harry731

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