ささくれた思い出は黒い炎をまとって
長月瓦礫
ささくれた思い出は黒い炎をまとって
ささくれは燃やすに限る。そう、何よりもよく燃える。
灯油よりもコークスよりもガソリンよりもカーテンよりも燃えやすく長持ちしやすい。牛乳パックは着火剤、傷からあふれる黒い炎は天高く上る。
遠くで夕方を告げる鐘が響く。もうすぐ夜が来る。
陽はとうに沈み、あたりはだんだんと薄暗くなってきた。
「何してるの、君は」
グリルから上がる煙を見て、立華さんは問うた。
赤い炎はすべてを包み、鉄板の上にある野菜や肉を焼いてくれる。
料理は火力が命だ。よく火を通して、生の部分がないようにする。
「燃やしてるんです、もういらないので」
「……」
「とりあえず、何か食べませんか。私、お腹が空きました」
私は焼けた肉を皿に分ける。
今日のために買ってきた牛肉だ。
「立華さんは野菜でいいですか?」
「君だけの肉じゃないでしょ」
そう言いながらも、立華さんは手を付けようともしない。
ほどよく焼けている肉をタレと絡めて食べる。
噛むたびにあふれる旨味、これは何物にも代えがたい幸福だ。
「なんか変なにおいがするんだけど……これ、薪じゃないよね?」
「どうでもいいでしょう、別に」
「あのさあ、何でもかんでも燃やせばいいと思ってない?」
「逆に考えてみてくださいよ。たかが木の枝ですよ?
そんなものに金を出す必要がないじゃないですか」
「だからといって卒業アルバムを燃やす奴がいるかよ……」
立華さんの綺麗な顔がぐしゃりと嫌そうにゆがむ。
なんといっても、この人は顔がいい。
ゆらりと揺れる長い金髪もまた、たまらない。
「立華さん、何で髪切らないんですか?
イケメンなんだからバッサリ切ったらどうです?」
「逆に考えてみな、こんなにカッコいいから髪を伸ばしていても許される」
「何を言ってるんですか、あなたは」
アルバムは赤い炎をまとい、すべてが灰になる。すべてが消える。
認められないなら、それの存在意義はない。死んだのと同じだ。
私は過去を殺す。そうすることで、私は私を保つことができる。
「どんどん焼いちゃいますね。もったいないので」
私は次から次へと肉や野菜を鉄板の上に置いて行く。
とにかく手を動かさないと、黒い炎に飲み込まれてしまいそうだ。
視界の端にちらつく黒の炎が燃える。人はそれを執念と呼ぶのだろう。
「悲しいねえ」
「何がです?」
「この状況を見ても何もせず、ただただ飯を食べる。
これも一種のエンタメだろうに、もったいない」
「そんなモノ、今時流行りませんよ。
エンタメなんて誰かの非日常を再翻訳しているだけに過ぎないんですから」
何かが弾けてとんだ。黒い何かがとんだ。
それは文字のような何かだ。
「ところで、あなた誰ですか?」
「立花だよ、一緒に学級委員をやっていたでしょ」
「あなたみたいな気味悪い人、知りませんよ。帰ってください」
私は鉄板に残った肉と野菜に麺を入れ、ソースを加えてかき混ぜる。
ほんのり焦げた香りが心地よい。
焼け死んだ思い出と共に食べる焼きそばは最高だ。
「昔からそうだったけど、本当によく食べるよねえ」
「あなたは私の何を知っているんですか?」
「そういうところだよ」
馬鹿みたいに金色の髪を伸ばした男は笑った。
ささくれた思い出は黒い炎をまとって 長月瓦礫 @debrisbottle00
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