第2話 異変

アルバートの肌に寒い空気と人工の光に包まれていた。

 

青々とした葉っぱは光を浴び、

果実は既に収穫することができる。


果樹の間に歩くと、

 微かな風が葉っぱを揺らす音が心地よく響く。


 千年血界の創立者である始祖は人類の存続を果たすために

 人類に適した環境を作った一種のアーコロジーを生み出した。

 

肌寒い空気、心地いい風。

かつての地球の環境を再現した

この千年血界には生産と消費が完全に自己完結することができ機能が備え

 核戦争後の世界でも人類は存続することができた。

 

 例えば、食料の生産。

 ここは、政府が運営する農園。


 千年血界は、企業や施設すべてを統括し、政府が厳格に管理・運営している。

よく言えば、資源の浪費を最小限に抑え、持続可能な社会を築くための取り組み。

 悪く言えば、富の独占。

 

 政府は全てを統括することで、利害調整が円滑に進み、

個々の企業や施設が協力し合いながら、人類の未来を支えていると宣言しているが、

噂によれば政府上層部が権利を独占し、社会を牛耳っていると言われている。


 千年血界は軍事政権。

 千年血界を守る血界軍陣を中心とした一党独裁だ。


 民主主義?なにそれおいしいの。


「まあ、俺に関係ないし。」


 千年血界は極度の情報統制を設けている。

 軍の監視が強く言いたいことを言えない言論の自由はないに等しい。

 

だけど、このご時世ほかに行くところもないし、

 ましてや、そこまで生活が苦しいわけでもない。


 千年血界は軍と政府がなければ運営できない。

 逆らえば、確実に収容所行きだ。


「風よ。」

 

 アルバートは詠唱を発して、大気中で見えない刃を生み出した。

 無数の風の斬撃はバラバラに位置する果実の枝を丁寧に切り、

 果物が自由落下に従って地面に落ちると思いきや。


 まるで、意思を持ったかのように浮んだ。

 それは、アルバートが風の気流で発生された疑似的なベルトコンベア

となり自動的にアルバートの近くにある籠の中に入った。


 魔術。

 それは、魔力を使って超自然的現象を起こす技の通称であり、

 言霊を使った詠唱によって世界に影響を及ぼす文字通り魔の術。


 今でこそ、当たり前に認知されているが

 核戦争前の旧世界ではそこまで認知されていなかった。


「よっと」


 アルバートは果実を詰めた籠を魔法で浮かばせて倉庫に運んでいく。

常人にはなかなかできないが、他の魔術師と比べて魔力が多いアルバートだからこそできる技だ。


「おォ、凄いなぁ

 こんな短時間でここまで収穫できるとは。

 さすが、噂の天才魔術師アルバートくんか。」


倉庫に入り荷物を全部を下したら、

 アルバートの後ろにあった扉から一人の男が入ってきた。


 「いえいえ、私はまだまだです。」


アルバートは畏まったように言う。

 黒いシャツをきてサングラスの中年の男性。

 

 アルバートは丁寧語で接するのは

 この男がこの農場の管理人だからだ。

 

 農場は全て政府が管理している

 つまり、このお方は政府の役人。


「そんな、謙虚になるな。

 魔術は早々簡単に使えるものではない。

 お前の実力は軍も耳にしている。

 何でも、吸血鬼でもないのに固有魔術を使える若き天才魔術師。

 軍のお偉方もすいぶんと君を気にかけているからな」


「いえいえ。」


「おい、アルバート。こっちも手伝って頂戴。」


「はい。すみません。

 仕事に戻りますので」


「わかった。頑張ってねアルバートくん」


 △▼△▼△▼△



 魔術。

 字のごとく魔の術。


 原理をさえ知れば

 誰でも使えるが一人前になるまでは非常に険しい修業が必要だ。


それに、一人前になっても魔術師は儲かることはない。

 科学が進歩するこの世の中。

 魔術師の仕事は手品やこうした肉体労働くらいだ。

 

 「今日はめちゃ頑張ったから4万か。

 まあまあ、かな」



 魔術師は稼げない。

 偉大なる始祖がこの千年血界を作ったときに

かつて世界に隠蔽された魔術を公表してから百年が経ち。

 その結果、魔術を使った魔術師を多く誕生させた。


 魔術師はエンタメ、生産業、医学界を大きく発展し

 人類に大いなる繁栄をもたらした。


 しかし、科学の進歩によりほとんどの魔術師は代用され、

 余程に優れた魔術師でもなければ魔術単体ではこの先食ってはいけない。


 俺みたいに固有魔術を使えるものならまだしも

 並み程度の魔術師は稼ぎは少なく

 ほとんどの魔術師は副業でお小遣い程度だ。

 

 俺も本業である魔術装置を作る工場勤務が休み以外は基本的にやらない。


 工場の給料は確かにいいが副業をやっているのは

 それだけでは妹の治療費を賄えつつ家族を養えないからだ。

 

△▼△▼△▼△

 

今日は早めに帰ることになった。


アルバートは寒い夜のなか、冷たいアスファルトを踏んで片道狭い道路を歩いた。

久しぶりの早期帰宅。

本業の工場勤務はいつも夜遅くまで働くことになるけど

 副業の場合は仕事の効率次第ですぐに終わることができた。

 

アルバートはお金がない。

というより毎日家計が火の車であるため電車を使えられないからだ。

今日も駅やバスなどの公共交通機関を使わずに徒歩で家に帰る。

 

 『アルバート。お前の夢はなんだ。』


 ずっと耳の奥で繰り返す言葉。

 歩いていく途中でアルバートはいつも無き父のことを思い出す。

 

『アルバート。お前の夢はなんだ。』


 穏やかでいつも夢、夢と言った破天荒な親父が死んでけっこう経つのに未だに実感がわかない。


アルバートの父。アレクサンダー・スティールは5年前。

 謎の死を遂げることになった。

 

政府機関は死因が自殺だったと言っているが。

当時のアルバートは信じなかった。

 

 時を超えて、今もアルバートは信じることができない。

親父は自殺なんかはしない。

誰よりも家族を愛し、一生懸命生きた親父は人生に絶望して死んだりはしない。

この想いを背負い、今日も生きていく。

 明日も生きていくとアルバートはそう思った。



 △▼△▼△▼△


「何だあれは。

街が燃えて……」


歩き続けると目の前の町が黒い煙が上ったのをアルバートは見えた。


 ボロボロになって放置された家も多いとはいえ

修復された多くの家は全て心に大きな傷を負った人々が再建したものだ。


だか、この距離でもはっきりと見え火災旋風となった赤い火は

僅か数分で辺り一帯燃え移り。

それら、無慈悲に奪い去った。

あの惨劇が起きたように。

 

 まずい、アルベラが危ない!


 アルベラの危機に気が付いた俺は魔力で身体能力を強化し、

 急いで駆け抜ける。


 この時間帯だとアンダーと美咲はまだ学校にいる。

 学校は緊急時に避難訓練をしているから

 アンダーと美咲は無事だろう。


 だか、問題なのはアルベラだ。

アルベラは未だに家にいる。

俺と同じ魔術は使えるが、過度に使うと吐血してしまったことがある。


それに、体も弱いアルベラは避難もままならないだろうと思った

俺は風のブースターを使い全力疾走で走る。


 

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NESIERU/どこでもいる真祖の世界大戦 ネシエル @zwgoi7787

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