間章 少女の独白

「りこちゃんといてもぜんぜんたのしくない」


小学1年生の時、1番仲良しだと思ってた女の子にそう言われたのを今でも覚えてる。その子は幼稚園も一緒で家も近かったから、お互いの家に遊びに行くのも珍しくなかった。私にとって親友だった女の子に教室で、皆の前でその言葉を言われた。その時の私は人の視線に敏感だったのもあり、言われた言葉の意味が分かった悲しさと、その子と仲の良い子たちからの冷たい視線を感じとり、話すことも動くこともできなかった。多分それがきっかけになって、学校に来て頑張って話しかけても無視されたり、走って逃げられたり、仲間外れにされるようになった。今日こそ仲直りする…!毎日そう思い勇気を振り絞って登校していたがなにも変わらず、先に私の心が限界になり、お母さんに号泣しながら相談した。「理子、ほんとうにごめんね…行きたくないなら行かなくていいんだよ」お母さんに話して良かった。あの時、お母さんを頼ってなかったらと思うと怖くなる。それから学校を少しずつ休むようになり、夏が終わる頃には完全に不登校になっていた。

学校に行かなくなっても、学校と同じ時間に同じ教科の勉強を続けていた。うちの両親は共働きで、お昼間に家の中を1人で過ごすのは寂しかったのを覚えている。でも土日は、1人で過ごした分と勉強を頑張った分のご褒美に家族で、私の行きたいところにお出かけするようになった。同じ小学校の子たちがいない、車で40分くらいで着く隣町の小さな公園でひたすら砂遊びやブランコをするのが好きで、土日はほとんどその公園へ行ってた。遊具が少なかったからか、人がほとんど来ない公園でいつも貸し切り状態だった。

そんなある日、その日はお母さんといつも通りの時間に公園に来た。すると同い年くらいの男の子が砂遊びをしていた。近くのベンチにはその子の母親らしき人もいる…。「仲良くなるチャンスよ…!」とお母さんが言う…でも当時の私は極度の人見知りな上、あんなこともあったからか家族以外の人と話そうとすると、急な緊張で片言になり、声も上手く出せなかった。ほれほれとお母さんに背中を押されて、男の子と少し離れたとこの砂場にしゃがんで遊んでいた。


「こんにちは!」

男の子から声をかけてくれた。

「…こ、んにちわ」

「おやまつくろー!」

「…うん」


10年前、私とはこうして出会った。愛想の欠片もない私にずっと話しかけてくるかえで君のことを、変わった男の子だなと思ってた。その日から、同じ時間にかえで君は来てくれるようになり、いつの間にか2人で遊ぶのが当たり前になっていた。学校で友達とたくさん遊んだ話、親に黙って友達と山登りに行った話、色々な話をしてくれた。私も友達を作るのが苦手なこと、話したいけど上手く話せないこと、自分の悩みを全部話すようになった。

「じゃあさ!りこちゃんが友達できるように、とっくんしよ!!」そう言ったかえで君は、自分の友達を公園に連れてくるようになり、私に話す特訓をさせてくれた。私がその子たちに話しかける時は必ず、かえで君が間に入ってくれて、すぐに打ち解け友達になれた。それから時々その子たちも来てくれて、暗くなるまで走り回ったり、かえで君のお家に遊びに行くこともあった。雪下家では可愛い小さな妹さんも居て、私とかえで君と妹のみかちゃんの3人でおままごとやテレビゲームをするのが楽しくて、クリスマスも家族合同でミニパーティーを開いたりしていた。かえで君と会ってから、暗かった私も良く笑うようになり、冬休みが終わる日から学校へ再び通うことができた。特訓のおかげで新しい友達もできて、私の日常は、不登校になる前とは比べ物にならないくらい楽しくなった。平日の学校終わりでも、お母さんにお願いして、かえで君に会いに行くようになり、私は私を変えてくれた彼に恋していた。


しかし2年生になって間もない頃、事件は起きた。 

かえで君が交通事故に巻き込まれた。意識不明の重体でこのまま目覚めないかも知れないとお医者さんは言った。私はなにもかも分からなかった。昨日まで遊んでたのに、なんで目を開けてくれないの?返事をしてくれないことに悲しくなり、ただ泣くしかできなかった。数日が経ち、目を覚ましたと電話があり、家族でかえで君のとこに駆けつけた。しかし彼は私のことを覚えておらず、お医者さんからは記憶喪失だと聞かされた。でも私が、かえで君に救われたこと、たくさん遊んだ思い出は私の中にちゃんとある。私にとってはそれで十分だった。生きててくれてることが何よりも希望の光だった。今、きっと1番困ってるのは、かえで君だ…私が、助けなくちゃっ。

それから私は毎日欠かさず病室に通った。家から近いところに病院があったため、学校帰りも1人で行く許可を取り、学校帰りに病室に寄り今日あったことを話すのが日課になった。目を開けられないし、私のことも覚えてないのに、私の話を笑顔で聞いて頷いてくれるかえで君。優しいところは変わってないなぁと思いつつ、自分のドキドキする気持ちも変わらないことを嬉しく思ってた。

そんな日々が続いて1年が経ち、かえで君がアメリカの病院に転院すると聞かされた。離れ離れになることが寂しすぎて、みかちゃんと"わたしたちもアメリカいく!!!"と泣きながら訴えたりした。結局要望は通らずに、最後の日の病室でをして見送った。

みかちゃんが1人で寂しい思いをしないように、雪下家に時々顔を出すことにした。それからみかちゃんと2人で過ごすことが増えて、私よりずっと大人で可愛いみかちゃんのことが大好きになり、高校生になった今でもずっと仲良し。

そして小学校を卒業する頃、楓くんがアメリカから帰国することを知らされた。名前を聞いただけで胸のドキドキが帰ってくる…

楓くんの両親ともずいぶん仲良くなっていて、帰国することを1番に知らせてくれて、良かったら迎えに来てあげてほしいと頼まれた。だけど私はおばさんに謝り、私の中の誓いと、あの日のの話をした。すると、雪下のおばさん、おじさん、みかちゃんは泣いて私に感謝を伝えてくれた。

もともと雪下家は隣町で離れているため、中学校は別々。でも、どうしても高校は同じとこに通いたかったので、少しズルをした。おばさんに楓くんが受ける高校を教えてもらい、この辺では1番偏差値の高い道悦高校だと知った。周りから狂ってると言われる程に勉強し合格発表の時、努力が報われた達成感と、やっと楓くんに会える嬉しさで、出したことのない大声で喜んだのは良い思い出。その後、みかちゃんからLINEが来て「お兄も道悦受かったって!!ほんとにおめでと!理子ちゃん!」その日帰った後、ベッドにダイブして楓くんとの学校生活を妄想してニヤニヤしていた。


高校に入学して、1組の教室に入り自己紹介が終わった後、委員会決めの時間になった。中学の時、初めて学級委員長をしてクラス一丸となって行事を楽しむのが好きだったから、立候補の手が誰もあがらないのを見て私が手をあげた。楓くんも委員会何か入ってたら嬉しいなぁ…


今日友達になった人たちと話しながら校門を出る直前、自転車を押してる楓くんを見つけた。8年ぶりに見る彼は、身長が私より20センチは高そうで、顔も子供の時の可愛らしい感じとは逆のクールで格好良くなっていて、少しミステリアスな雰囲気が出てる彼を見て、外で普通に歩いている彼に感動している反面、心臓の音が周囲に聞かれてしまうんじゃないかと焦るくらいにドキドキした。彼は早歩きで私達の横を通りすぎた途端、急に立ち止まった。動かない彼を横目に感じつつも、今声をかけるのは変だし、友達もいる。でも我慢できなかった。楓くんの家族には、楓くんに私のことを話さないでと伝えている。だから彼は私のことを知らない。私が彼を一方的に知ってるだけ。決して馴れ馴れしくせず、ゆっくり言葉を紡いだ。


「あの………大丈夫?」


私の中の、止まらせていた時間が動き出す。

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寝たきりだったときに毎日お見舞いに来てくれてた顔を知らない幼馴染みと再会した話 誇り高き午池 @kkkkeee

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