聖者の行進

トム

聖者の行進



 これはとある御伽の国のお噺――。



 神様が世界を創造し、ありとあらゆる生き物を創造する。そうして最後に自身に似せたヒトを創り……創造することを辞めた――。






 ――我が産み出し、どうか健やかなる事を望みましょう。……いつかが来るその日まで、我は見守り続けましょう。





◆  ◆  ◆



「――聖女様がこの村にいらっしゃる?!」


 辺境の村にそんな話が急に降って湧いた。


 日課になっている、麦穂の育ち具合を見ようと表に出たアンディが、遥か遠くに立ち上る土煙を見たときには、「魔物の襲来か?!」と肝をつぶさん思いだった。恐る恐る村の境界になっている、板を打ち付けただけの柵の影から覗いていると、それは真っ直ぐこちらへ向かって駆けてくる。「せ、せめてどんな魔物か、確認を」と、入り口傍に備え付けられた鳴子の準備を準備をしていると、遠くで馬の嘶きが聴こえた。それに釣られて目を凝らすと、向かっているのは魔物ではなく、キラキラ光る鎧姿の騎士様だった。



「――馬上より失礼! 我は神殿騎士団よりの伝令! 現在、聖女様の道々にてこちらに寄られる旨をお伝えに参った! 長はおられるか?!」


 アンディが見上げる白馬は、金糸銀糸を随所に散りばめられた飾り布を纏い、軽銀による甲冑が目に眩しい騎士が、その仮面から見下ろしていた。






「そ、それで騎士様はなんて仰ってたんだ村長!」


 騎士様が去った後、村では主だった連中がすぐに村長の家に集められた。聞くところによれば、聖女様がこの辺境を廻って居るらしい。どうやら修行の一環らしく、枯れた土地では祝詞を捧げ、豊穣を謳い。また病人の出た村では、奇跡の行使で病人を快癒させた……。水の枯れた村では、井戸を掘らせて溢れんばかりの水を産み……と、とんでもない奇跡がばら撒かれているという。そんな聖女様が、近くの村に立ち寄ったので、この村にも来るのだと……。


「……ど、どこか、枯れた土地は有るか? 病人は? 枯れた井戸は?!」


 そんな村長の質問に、皆は揃って首を振る。……この村はもう何年も豊作だ。近くにある山のお陰で、潤沢に流れる川もあり、移住してくる民が後を絶たないほどなのだ。領主は善政を敷いており、山のお陰で鉱石すら採れている。そんな平和で絶好調なこの村に、聖女様が訪れる……。



「……一体何をしに来られるのだ?」


 村長の溢した言葉に、皆も一斉に黙り込む。騎士様は「道々にて」と仰っていた。それを思い出したアンディはもしやと考え、村長に話しかける。


「……村長、確か、騎士様は「道々」と仰っていたろ? ならば「偶々」通り道に有るこの村に寄るだけじゃないか?」

「……は! そうか! 聖女様とて人の身。行脚の途中で物資が減る事も計算しておられる。故に、物資に困っていない我等の村で、補給をされるという事か?!」


 その言葉に皆は「なるほど!」「そうか!」「確かにこの村は最近豊作だからな!」と言った声が飛び交い、ならば、どんな物資を寄進するのだと、会議はトントン拍子に進み始めた。




◆  ◆  ◆



 荒涼とした平原の中に、幾つかのテントが張られている。そんなテント群の中央に一際大きく、豪華な天幕が鎧騎士の一団に警護されている。地面は剥き出しの土塊だと言うのに、その入口付近には真っ赤な絨毯が敷かれ、貴人が出入りする場所だと一目で見当がつく。そんな豪華なテントに一人、これまた豪奢な鎧を纏った大柄の騎士がその入り口で、声を張る。


「……騎士団長モルドレッドであります」


 その声に反応し入口がそっと開くと、彼はそのまま吸い込まれるように中へと入っていく。



 その部屋に入った途端、全てが幻だったかのように、彼の姿がみるみる変わっていく。豪奢で光り輝いていた鎧は一瞬にしてその輝きを失い、くすみ、擦れた傷がそこかしこに現れて、古い血痕が彼のガントレットにこびり付く。鎧はそこかしこがひしゃげ、ギシリと嫌な音を軋ませる。それでもなんとか部屋の主の前まで歩を進めると、その場で膝を折り、傅いてから恭しく奏上する。


「……我が主、『聖女・シンシア』様、神殿騎士団・団長モルドレッド、只今罷り越しました」


 明らかに異常な事が起こったというのに、彼はその状況に何ら動じることはなかった。むしろこの状態が当然とも言わんばかりの表情で、言葉を発して頭を垂れる。すると彼の対面少し離れた場所から「ご苦労さまです」ととても澄んだ、しかし、憂いを孕んだ声が届いた。


「――外は、未だ変わりませんか」

「……は。この部屋を出ると、死者は生前のままに。枯れ果てた土地は……肥沃な大地へと……見えるようになります」

「そうですか……。神は、我らが神は一体……我らに何を望むのでしょうか」




 ――この世界では絶えず続く戦いと、荒れ果てていく大地の所為で、そこに暮らす生物たちは日に日にその数を減らしている。にも関わらず、死者たちは生前の姿をそのままに、自分達がどの様に死んだのかを忘れ、朽ち果て、枯れてしまったはずの廃墟でその日暮らしを続ける、死者の国へと変じ続けている。魂は救われず、昼には朽ち果て、夜になれば戻るを繰り返し、見るもおぞましい光景がそこらじゅうで繰り広げられていた。


 神を信仰し、その威光を知らしめんと行脚を行っていた聖者や聖女と呼ばれる者たちは、いつの頃からこんな状況になったのかを調べるため、神殿騎士団を率いて各地方へと散って行ったが、その原因を知る事が出来た者はいまだ居らず、只々死者たちの魂を救うため、日々、供養の行使を行うのみになっている。




◆  ◆  ◆




「……ここも元は、平和な村だったのでしょうね」


 枯れた地面は罅割ひびわれ、井戸に掛けられた釣瓶は滑車が壊れて、桶のついていたはずの縄は既に切れている。辺りに草は一本も生えておらず、周りにある建屋は朽ちて形を残しているものは殆ど見当たらない。そこかしこに白骨化した襤褸が転がり、死臭すらも漂っては居ない。


 ――枯れ果てた村。


 ここまでの道行、同じ様な場所をいくつも目にしてきた。飢饉が続いたのか野盗に襲われたか……。違いはあれど、その全ては見るも無惨な結果だけ。ここにむくろを晒す彼らはどんな思いで……。


 聖女・シンシアはそんなことを胸の奥で苦く思いながら、村を巡っていく。後を追うように付き従う騎士団は聖女の通ったのを確認した後、その遺体を集め、村の中心部へと運ぶ。


「……どうか、安らかに。そして神の御下へ……」


 その最後の言葉は言い切れなかった。果たして神の御下へ向かうことは出来るのか? 死んでなお、死人として村を徘徊させるような――。そこまで考えた途端、彼女はかぶりを振る。


 ……私がその様な事を考えてどうするのです? 私が送って差し上げなければ、彼らはまたこの地を彷徨ってしまう! それは、それだけはダメです!


 ぐっと唇を噛み締め、切れた場所から一筋、地に赤い点が落ちるが、乾ききった地面がそれを吸い込み、すぐに黒くなって乾いてしまう。まっすぐ前を向き直し、彼女は足を進めるとやがて村の中心部へと至る。


 


 ――村の中心にある広場の様な場所、そこに堆く積まれた襤褸の山。その一つ一つから一切の肉がついていない白いものが見え、襤褸が風に揺れるがままに小さく乾いた音をさせている。偶に吹くその風は地で小さな渦を巻き、乾ききった砂を巻き上げて、無慈悲にその白いものを弄んでは空に舞っていく。



「……こんなに」

「――はっ。此度の村の住人……と思しき者……見つけたもの総てで……百余名であります」

「――っ。そうですか……。戦闘の痕跡は?」

「……ございません。家屋に中に居たものは纏まって居りました故……恐らくは」

「……飢餓の末……ですか」

「……はっ」


 その光景に絶望の眼差しを向けたシンシアのすぐ後ろで、控えたモルドレッドが今回の村の犠牲者の最後の有り様から、村の絶滅の顛末を予想し説明する。その答えを自ら導き出した彼女は彼らのその最後の瞬間を想像し、ギュッと目を閉じ苦悶の表情を浮かべるが、すぐさま顔を上げ、凛とした表情でそのまま遥か天上を見上げる。


「さぁ、送りましょう! 今はただ、彼らの安寧を願って」



 ――ザッ! カシャン!


 彼女の掛け声の下、一斉に襤褸を囲んだ騎士団が、一糸乱れぬ動きで足を揃えて剣を胸元に構える。次いで、彼女が跪き、その場で祝詞を奏上し始めると、皆がその剣を高らかに捧げ、襤褸から天に向けた。


 ――地に散った無辜なる魂たちよ、いざ天に舞い戻り、神の御下に導かれんことを『浄化』


 瞬間、彼女の身体が一瞬光り、その手の先から大きな方陣が現れる。サークル状に広がったそれは虹色に輝きながら、幾何学模様と独特な文字のような文様が常に動いていて徐々にその大きさを巨大に変じていくと、襤褸の山へと覆いかぶさった。


 ――ボッ! ゴォォォォ!


 陣が山に到達した途端、それは紺碧の色をした炎に変わり、清浄の光となって天に向かって上昇気流を作っていく。渦が巻き、ただ天に向かって一気に登るそれは、見ていて荘厳であるが何故か物悲しくも見える。


「――っ。」

「聖女様!」


 大きな術をつかた彼女が精根果ててその場に崩折れそうになった瞬間、傍に居たモルドレッドが直ぐ様彼女の背を支えると、息の上がった彼女は薄く目を開け囁いた。


「……これで少しは、彼らも楽になれるでしょうか」

「――っ! えぇ、間違いなく」

「……少し……少しだけ、休みます。……次の街を……また」


 そこまで言うと、彼女はそのまま目を閉じて、少し荒いままの息を吐きながら眠ってしまう。


「……ゆっくりお休みください……」


 細く、まるで重さを感じない彼女の体を支えながら、モルドレッドは彼女の重責を考え、彼女にしか為し得ない奇跡の行使を手伝えない歯がゆさを噛みしめる。天を睨みつけ、燃え盛る清浄の炎の中、彼はその苦々しい思いの丈を心のなかでだけぶちまけた。


 


 ――天におわす我らが主上よ! 我ら地上の民が何をした?! 我らはただこの地に生まれ、精一杯生きているだけの小さな存在だ! あなたに嫌われる様な事をしただろうか? あなたに仇をなす事などしただろうか?! その様な事……けして、決してした覚えは無いというのに、なぜ……何故死んだ者にすら、赦しを与えてはくれぬのだ?!







 ――我が産み出し愛子達、どうか健やかなる事を望みましょう。……いつか終わりが来るその日まで、我は見守り続けましょう――



 人の想いとは。


 神の想いとは。



 


 ここは絶えず戦の続く、不毛で死した者すら夜な夜な蠢き、生と死が曖昧な神に愛されたとある御伽の国のお噺――。





~fin~





 

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聖者の行進 トム @tompsun50

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