神の名において許したもうXI

 すべては、わたしの異常な性愛による悲劇だった。

「ごめんね」

 それしか、言葉にできなかった。――あとは、わたしの娘の意思に委ねよう。わたしはそう思い、わたしの娘に問うた。

「あなたは、これからどうしたいの?」

 

 ――おかあさんには、しんでほしい。

 

 わたしの問いに、わたしの娘は静かにそう言った。それはそうだと思う。わたしの母が、わたしの娘に何をしたのか。聞くまでもない。その結果が、あの古アパートだ。わたしの娘がわたしの母以上に、わたしを憎むのは当然ではないか。

「――わかったわ。わたしが自分で死ねばいいの? それとも、あなたがわたしを殺したいの? あの時のように」

 わたしには、そう言うことしかできない。突然現れた自分の娘に対して、どうしてあげればいいのかなど、想像もつかないのだから。

「ちがう」

「どういうこと?」

「おかあさんではなくて、『寮母先生』として生きて欲しい。だけど、今のことは、ちゃんと知ってほしかったの」

「ええ、もちろんよ。何を言っているの。わたしがしたことは絶対に忘れないわよ。だからわたしは死ぬ――」

 わたしの娘は、あの微笑をしてから、わたしの目に手をかざす。

「やめて!」

 わたしはその手を振り払おうとしたが、遅かった。

 わたしの娘は、詠唱を終えていようとしていたのだ。

 ――かみのなにおいてゆるしたもう、と。


 金曜日の朝を迎える。目を覚ますと、わたしはベッドから静かに起き上がる。時計を見ると、ちょうど起きる時間だった。朝食の準備をしなければならないので、わたしは手早く着替えと支度を済ませた。

 自分の部屋を出ると、廊下を走る四人の女の子たちが、わたしの方へと向かってくる。

「おはよう。でも廊下は走ってはダメよ。どうしたの? そんなに慌てて」

「寮母先生! おはようございます。あの! 起きたら、わたしたちの部屋に、こんな物とメモがあったの。わたしたち、もう、びっくりしちゃって!」

 わたしは女の子たちからメモと、――刃こぼれをした包丁を受け取った。どちらも見覚えのないものだ。

「危ないわね。あななたちがこれを、調理場から持ってきたのかしら?」

「まさか! こんな危ないもの、さわったこともないよ!」

 女の子たちは無実を証明しようと、それぞれ必死にわたしに訴えてくる。いずれにせよ、これは危険なものなので、「わたしが戻しておきますね」と言うと、女の子たちはまた廊下を走って部屋へと戻っていく。わたしがもう一度注意をすると、一人の少女が振り向き、わたしの方を見て、「じゃあね。寮母先生」と言って、手を振った。


 わたしは調理場に着くと、包丁置き場に刃こぼれをした包丁をおさめてから、あのメモを広げてみた。そこには子供らしい字で、「かみのなにおいてゆるしたもう」と、どこか懐かしさのようなものを感じる、神の御言葉が書かれていた。


(終)

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神の名において許したもう 犀川 よう @eowpihrfoiw

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