「ムージザ永眠」— episode 10 —

 総督ムージザ死す—— 。

 その訃報に西域のみならず、樹海全土に衝撃が走った。

 国境という国境は全て封鎖。

 特にリクアラ河沿いには厳重な警戒態勢がとられた。

 西側の全ての民が、不安に包まれていた。

 この現状が続くことになれば、跡目争いが起き分裂抗争は免れない。それを総督の後継者に目されてた者が仇を討ったことで、この一連の事態を収めた。

 明暗を分けた、長い夜が終わった。

       ・      ・

 葬儀は二日に渡り、無事執り行われた。

 西域部族連合旗頭ナーゴ族族長。兼、西域初代カリフ。

 その総督の最後を見届けるべく、西で名を上げた男達が西部連総本部本拠地でもあるナーゴ族主要拠点に集った。

 参列したのは——

 西域部族連合旗頭。主要三部族長、その支族長。

 西部連総統ハサン。

 西部連特務機関統括ラウ。

 ハズラジュ族長サットヤ。代理サンディ。          

 アウス族長ユセフ。代理モフタール。

 クライシュ族長デーヴァ。代理チュンディー。

 彼等を筆頭に、名だたる支族長の面々。その代理、補佐役、幹部連中たち。錚々たる顔ぶれであった。

 ここに西域の全ての族長が一堂に会した。

 遥か昔—— 北の大陸で迫害を受け、祖先はこの樹海に移住した。

 その後、永きに渡る分裂抗争は激化の一途をたどった。その千年以上に及ぶ歴史の中で、このような事がかつてあっただろうか。

 今ここに、更に西の結束が固まったのは言うまでもない。

 およそ三十年あまり。西域を一つにまとめあげ、死してなお伝説を残すその偉大な男——。

 若くして西側一帯を統一し、西域全土に安寧をもたらした。しかし我が息子ヤジートの謀叛によって、死に追いやられた。その最期は壮絶なものであった。

 ムージザ永眠—— 享年四十九。

      ・      ・

 総督亡き後 —— 。

 西部連主要拠点を西域の中心部へと移す。

 ハサンはそこで新たな総督、兼二代目カリフとなった。

 ヤジートが治めていた北部の拠点は、アウス族族長代理モフタールが新たな宰相として引き継いだ。

 ラウ——。

 ボア村とほぼ隣接するナーゴ族の拠点。そこからさらに内陸側へ拠点を移す。そこに本拠を構えた。そしてナーゴ族族長となった。

      ・       ・

 いくつかエアレにはわからないことがあった。

 何故ヤジートは西に留まったのか。

 よりにもよって、何故あの場所に身を潜めていたのか —— ラウとの約束の地。

 もしかすると己の運命を悟ったヤジートは、ラウにその最期を委ねようとしたのか……。

 彼が死んだ今となっては、謎のままである。

       ・       ・

 —— あれから十年……。

 東とはその後も膠着状態が続いている。

 だが新たな情報が入った。

 過激派や武装勢力アブー・バクルが、再び不穏な動きを見せている。

 篝火の中、中庭に面した長い回廊を歩いていた。 

 客間に今、二人の男が待っている。

 チャンドラの村の若きリーダーであるウダ。

 そしてもう一人 —— おれと同じく“ かの領域 ”からこの領域へと、とばされた男。

 老師オキの書簡によると、そいつは日本人だという。

 あれから断片的ではあるが、様々な記憶が戻った。おれは日本語が話せた。

 まだ幼い頃。咸鏡南道ハムギョンナムドの山奥にある招待所と呼ばれる施設で育った。そこで姉のように慕っていた日本人の女から教わった。

 —— その男と話がしてみたい。

 夜空の半分を覆う、薄紫の月。

 この領域へとばされたあの夜のように、怪しげな光を放っている。

 襖を開け、中へと入る。立ち上がろうとする二人を制し、着物を払いその前に座った。

「待たせてすまない。おれがラウだ」

                      (完)

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族長ラウ 久光 葉 @ys198104

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