最終話 これからの話

 目が覚めると、真っ白い天井が視界に映った。

 消毒液の匂いが鼻をツンっと刺激する。


 首を横に向けると、果物や花が棚の上に置かれていた。

 とても静かで、周囲に人の気配はない。


 どうやらここは病院の個室みたいだ。


 そこでようやく、自分がベッドで寝ていたことに気づく。

 身体を動かそうとすると、強烈な痛みが身体を駆け巡る。


 いたたたた……でも痛いってことは生きてる証拠だ。

 俺はまだ地獄に落ちてないらしい。


「生き残った……のか」


 ぼんやりと、虚空を見つめながらつぶやく。


 空間結界の中でキルステインを倒し、よく覚えてないけど、キメラの洞窟からも脱出できたみたいだ。


 折れた右腕を見てみると、ギプスでしっかりと固定されていた


「今日は何日なんだ」


 壁のカレンダーを見ると、学年対抗箒レースから三日経っていた。


 俺はそんなに寝ていたのか。

 どうりで頭がぼんやりするわけだ。


 と、ガチャリとドアノブが回る音がして、病室の扉が開いた。


「ブラッドリー先生、意識が戻ったんですね!」

「あ、ああ」

「あっ、すみません。声が大きすぎました」


 中に入ってきたのはセレスだった。

 俺が目覚めたことに、かなり驚いている様子だ。


「そうだ、ユウリさんとアイビスさんにも連絡しましょう。二人ともずっと心配していましたから」


 セレスは窓を開けて杖を振り、フクロウの使い魔を飛ばした。


「箒レースはどうなったんだ?」

「二年C組のアーリャ=ライカンスと、ジゼル=タイガーのチームが優勝しました。ユウリさんたちは……残念ながら失格です」

「そうか」

「魔王教団の襲撃に合ったわけですから仕方ありません。でも、学園では彼女たちの話題で持ち切りですよ。幹部クラスと遭遇して生存した魔法使いは、片手で数えるほどしかいませんから。優勝者より人気者かもしれませんね」


 優勝できなかったのは悔しいけど、二人が無事ならそれでいい。

 よく俺が到着するまで耐えて、救援も呼んでくれたと思う。


「魔王教団がユウリさんに目をつけた件は、学園の結界と警備を増強することで対応するそうです。彼女にとっては窮屈かもしれませんが」

「外に出る時は俺がそばにいる。幹部に勝利した男だからな」

「そうですね。わが校の教師で一番強いのは貴方のようですし」


 そう言って、セレスはくすりと微笑む。

 こんなに穏やかな瞳をした彼女を見るのは、初めてかもしれない。


「本当に目覚めてくれて安心しました。私の長い人生には貴方が必要です」


 セレスは俺を見ながら、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 そして、顔を近づけてきた。


 あれ? なんか変な雰囲気になってきてないか?


「先生! あたしが来たわよ!」


 アダルトな雰囲気をぶち壊すように、バンッとドアを開けてアイビスが入ってきた。


 よくやった。

 病院的には良くないけど、ナイスタイミングだ。


「一人で戦うなんてカッコつけすぎよ。ホントに心配したんだから!」

 

 アイビスは目尻に涙を浮かべながら、俺に抱きついてきた。

 感動的な生徒との触れあいシーンだけど、痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!


 俺も雷撃をくらってくるんだよ!


「……身体は大丈夫か?」

「ええ、最上級の治癒魔法を施してもらったから。だから先生が起きなくて、すごく不安だったわ」


 傷跡だらけだった顔や腕は、元どおりに治っていた。

 こういうところは魔法世界に感謝だ。


「襲われた場所に戻ったら、あの男はもう死んでたわ。それって……先生があたしたちのために……」

「気にするな。俺が自分で決めてやったことだ」


 まだ子供のアイビスに、命を奪う戦いは重すぎたかもしれない。

 決闘じゃない魔法戦闘なんて、初めてのことだろうしな。


「先生、おはよう」

「あ、ユウリさん」

「遅かったじゃない。あんたがそばにいないでどうするのよ」


 次にドアを開けて入ってきたのは、ユウリだった。

 彼女もアイビスと同じで、もう傷は治っているみたいだ。


「では私たちは失礼しますね」

「あとは二人で楽しみなさい」

「お、おい」


 セレスとアイビスは気を利かせたつもりなのか、病室から退場した。

 別に俺とユウリは付き合ってるわけじゃないんだけど。


 なんだか気まずくて話題を迷っていると、ユウリから話しかけてきた。


「身体はもういいの」

「ああ、まだ痛みはあるけどな。死ぬほどじゃない」

「そう。よかった」


 ユウリの目の下には隈ができていた。

 寝ないで俺のことを、心配していたのかもしれない。


「先生に助けてもらったのは、これで二度目。わたし先生が望むことなら、なんだってできる」

「子供がそんなこと気にするな。普段どおりにしてくれ」


 また風呂場や寝室に入ってこれたら、最悪死ぬからな。

 社会的に俺が。


「でも、もらってばかりで、なにも返せないのは悲しい」

「だったら、いまからする話をよく聞いてくれ」

「どんなこと?」


 ユウリの目を見て、一番の望みを口にする。


「強くなってくれ。あらゆる魔法を学んで、襲い掛かる危機を乗り越えられるようになれ」

「うん」

「天使化をコントロールして二度と自分を見失うな」

「うん」

「魔王教団の幹部にも次は一人で勝つんだ。どんな理不尽にも屈するな。それが俺の望みだ」


 俺が原作とは違う結末を迎えるために、そしてユウリ自身が幸せに生きるために、魔法が支配するこの世界に負けないでほしい。


 こういうセリフを真面目に言うのは、ちょっと恥ずかしいけど。


「うん、わかった。わたしは世界で一番強い大魔導士になる」


 ユウリはそう言って、俺の手に自分の手を重ねた。

 彼女の体温がじんわりと伝わってくる。


 温かい。


「退院したら学園で会おう。まだ教えることはいくらでもある」

「わたしも先生に教えてほしい。知らないことをたくさん」


 俺は目が覚めたらアストラル魔法学園の教師、ヘイズ=ブラッドリーに転生していた男。


 過去の悪評を払拭しつつ、魔王教団の情報を利用する、二重スパイ活動もしている。


 当初の目標『スパイのふりして影ながら主人公を助ける』計画は、大幅に変更することになったけど、いまの生活も悪くない。


 バッドエンドを回避するまで、俺は戦い続ける。



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『魔法学園の悪役教師は生き残りたい』は、今回の話で完結となります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




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魔法学園の悪役教師は生き残りたい~バッドエンドを回避したいだけなのに、なぜか主人公に好かれて困っています~ 須々木ウイ @asdwsx

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