第35話 ブラッドリー先生VSキルステイン、後編

「くそっ、馬鹿な……」


 俺は胸を押さえながら、ふらつく足で後ずさる。


 雷のダメージは【死霊の外套】が残っていたおかげで、致命傷は避けることができた。


 いや、それよりも明らかに重要なことがある。


 心臓を貫いて魔力反応も消えていた、確実に殺したはずのキルステインが、どういう理屈で立ち上がっているのかってことだ。


「驚いているようですが、それは私も同じですよ。まさか一日に二度も殺されるとは思いませんでした」

「魔力を必要とせず既存の魔法体系とは異なる術式。まさか……固有魔法か」

「またまた正解です。花丸をあげましょう」


 そう言って、キルステインはパチパチと拍手をする。


「私の固有魔法はコール・グルヴェイグ【不死と絶望】。心停止した瞬間から自動で発動する魔法です。効果は直前に受けたあらゆるダメージの治癒と、魔力の完全回復」

「完全回復……だと」

「そう、いまの私は戦いが始まった時点と同じ。フルパワーで魔法が使えるということです」


 魔王教団幹部は、全員が固有魔法を取得している。

 ただ、その効果は部下にも明かされず、見たものは確実に殺されるって設定だ。


 俺もあやふやな原作知識じゃ、詳細までは思い出せなかった。

 実際に体験した固有魔法がここまで凶悪だと、もう笑うしかないな。


「幹部様はお優しいんだな。わざわざ説明してくれるのか」

「わけのわからないまま死ぬよりも、実態を知った方がより絶望できるでしょう? さあ、貴方の悲鳴も聞かせてください。──トール・ブースト・アニマ【紫電の狼王】!!」


 キルステインの下半身が雷そのものに変化すると、四足獣の形をとった。


 まるで馬と巨大なオオカミを入れ替えた、ケンタウロスみたいだ。


「雷の速度で走る私の最速魔法です。対応してみなさい」

「チッ、デネブレ・シールド! 【闇の障壁】!」

「遅すぎます」

「がっ、ぐうううぅううううう……っっ!?」


 防御魔法を展開するよりも速く、キルステインの拳が俺の腹部に突き刺さった。

 一撃で肺に残った空気が吐き出されて、身体がくの字に折れ曲がる。


 魔法の方向を見るとか、格闘術で対応するとか、そういう小細工が通用するレベルじゃない。


 生き物として根本的なスペックが違いすぎる。


「がはっ、ぐ……くそ……デネブレ……」

「あきらめずに戦うのは教師の矜持でしょうか。無意味ですけどね」

「いっ、ぐがアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 膝で枝を折るように、俺の右腕がへし折られた。

 ついでのように杖も奪われ、オオカミの足で踏み砕かれる。


 最悪の展開だ。

 これでもう魔法で反撃することも、身を守ることもできない。


「男にしては中々いい悲鳴でしたよ。もっと聴かせてください」

「ぎっ……あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 今度は雷の尻尾が身体に巻き付いてくる。

 有刺鉄線にダイブしたような痛みが、絶え間なく襲い掛かってきた。


 俺は顎が外れるほど口を開いて、腹の底から悲鳴吐き出した。


 ユウリやアイビスも、この苦痛に耐えていたのだろうか?

 だとしたら、すごいなんて言葉じゃ表せない。


「はぎイイイイイイイイイイイイイイイィィッッ! ぎゃっ、あぐウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!」

「三十秒ごとに強さを上げていきます。どこまで耐えられるか楽しみですね」


 痛みが強すぎて、反撃の呪文を唱える余裕がない。

 魔力で全身をガードしていなかったら、とっくに気絶していた。


 ……その方がまだマシかもしれないけど。

 

「があ……ぐぅウウウウウウウッッ! あ゛あ゛、あぐぎイイイイイイイイイイイイイイイィィッッ!」


 この後、五分間にわたって雷を受けた俺は、焦げたパンのような状態で床に放り投げられた。


 死ぬ……殺される……死体になった自分の姿が頭をよぎる。


「かはっ……ハァハァハァ……」

「まだ生きているとは素晴らしい。貴方は私が戦った男性の中で、最高の名器といっても過言ではありません」

「俺を……殺さ……ないのか……」

「ハハハ、ご冗談を。殺してどうするのですか? 私の目的はユウリさんを殺すこと。それが叶わないなら、邪魔をした貴方で楽しむしかないでしょう?」


 キルステインは心の底から嬉しそうに笑顔をつくった。

 悪魔よりも悪魔らしい笑みだ。


「根っからの異常者、サディストか。第一印象からそうだと思っていたがな」

「ええ、私は人間の悲鳴が大好きでたまらないのです。睡眠や食べること、セックスよりもね」


 思っていた以上に魔王教団の幹部はイカれている。

 自分の性癖に忠実すぎるだろ。


 そりゃ俺を魔王に生贄にすることに、なんの躊躇もないわけだ。


「もう魔法を使う余力はない。だから少しだけ話を聞いてくれ」

「なんでしょうか。時間稼ぎなら付き合いませんよ」

「俺の得意な呪詛魔法の話だ。呪いっていうのは他者に対する怨みが根源だ。憎いあいつに災厄や不幸が訪れますようにってな」

「それで?」

「靴を隠されるのと、家に火を点けられるのじゃ怨みのレベルが違うだろ。相手が自分に悪意を向けるほど、怨み返す呪いの力も増すわけだ」


 そこで俺は息を吸って、また話を続けた。


「だから貴方を痛めつけた私を怨んでいると? 殺したいほど憎んでいるなら、どうぞ呪いをかけてください。また生き返るだけですので」

「違う。お前が俺を怨んでいるんだ。ユウリを逃がした相手を、時間をかけていたぶるくらいムカついているんだろ? あっさり殺しちゃ加虐心が満たされないわけだ」

「なにが言いたいのかよくわかりませんね。無駄話ができないように、舌でも切断しましょうか」


 キルステインは不快そうに眉をひそめる。

 その目は虫をどう殺そうかと悩む子供と同じだった。


 つまり、虫に反撃されるなんて一ミリも考えていない。

 俺は小声で素早く呪文を詠唱する。


「人を呪わば穴二つという言葉がある。お前の呪いを返還しよう──【怨嗟の根源を喰らう双頭の蛇】!!」


 服の内側に隠しておいたスペアの杖を、無事な手で引き抜き、呪詛魔法を発動する。


 ユウリのついでに、杖専門店で買っておいたやつだ。


「まだ魔法を発動する力が残っているとは。といっても私には当たりませんが」


 キルステインは雷の速さで、杖から一直線に伸びる闇の奔流を回避する。

 でもそれじゃ逃げきれない。 


 呪詛魔法は向きを変え、敵の追尾を開始した。


「なっ、なぜ私を追ってくるのです!?」

「根源がお前の呪いだからだ。どれほどの速度で逃げようが、必ず主人の元へ戻ろうとする」


 雷のオオカミになった下半身で、大広間の壁や天井も使って、縦横無尽に走り回る。

 

 だが、スタミナが無限ってわけじゃないはずだ。

 いつかは追いつかれる時がくる。

 

 自在に方向を変える呪詛魔法は、ついにキルステインを捉えた。


「ぎ……あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!? こ、この痛みは一体……!?」

「俺に与えてくれた苦痛を百倍にして返還している。自分のサディズムに焼かれろ」


 感電や骨折のダメージが絶え間なく、増幅してキルステインに襲い掛かる。


 本人の意識に作用しているので、雷に耐性があったとしても、痛みから逃れることはできない。


「こんな……ば、馬鹿な……し、心臓が……」


 苦痛に耐えきれず、キルステインはショック死する。

 でも、これで終わりじゃない。


 固有魔法、【不死と絶望】で自動的に蘇生させられるからだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ! どうして痛みが終わらないのです!? 私はもう死んだのに!」

「お前という存在がそこにあるなら、呪詛魔法は消えない。ずっと新鮮な苦痛を与え続ける。固有魔法を解除しない限りな」

「はぎっ、ぎイイイイイイイイイイイイイイイィィッッ! そんな馬鹿な……あ、有り得なアアアアアアアアアアアアアァァッッ! たかが魔法学園の一教師に、これほど高度な呪詛魔法が使えるなんてエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」


 キルステインはのたうち回りながら、ショック死と蘇生を繰り返す。

 のどが裂けるほど悲鳴を上げ、口からは血が溢れ出した。

 

 ──三回、四回、五回、六回~~、十三回、十四回、十五回、どんどん死と蘇生の感覚が短くなっていく。

 

 完璧に治癒された肉体が、何度でも呪いに蝕まれていく。

 その光景はまさに地獄絵図だ。


「ほごオオオオオオオオオオオオォッッ! くそ、があああああアアアアアアアアアアアッッ! ぎゃひ、はヒ……ヒギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!! おえ、おげぇっ! ンぎおオオオオオオオオオオオオォッッ!!」


【怨嗟の根源を喰らう双頭の蛇】は、俺の使える呪詛魔法で最も凶悪な魔法だ。


 対象が俺に執着心を持ち、怨みを抱いて苦痛を与え続けた場合のみ、発動できるという、もの凄く限定的な条件があるけど。


「ぎいやアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ! へげ……あひいいイイイイイイイイイイイイイイイィィッッ!!」 

「覚えた魔法は強力だったが、使い方が0点だったな」

「かっ、解除する! あがががが……! アアアアアアアアアアアアアアアアアッッ! ふ……【不死と絶望】を解除!」


 痛みに耐えられなかったのか、自分から固有魔法を解除した。

 これで次にショック死すれば、もう蘇生できない。


「ヘイズ=ブラッドリー……私を殺しても魔王教団は揺るがない。貴方も地獄の苦しみを味わう時が必ず来る! それを楽しみに待っていますよ! あぐ、ぎいいいアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!」

「地獄なら、前のヘイズが知っている」


 壮絶な断末魔を吐き出しながら、キルステインは三十回を超える死を経験して、ようやく息絶えた。

 

 同時に空間結界が消滅していく。


 俺は元いた洞窟の冷たい地面に投げ出された。


「今度こそ……終わったな」


 全身が激しく傷んで、目を開けているのもやっとだ。

 このまま寝たら死ぬかもしれない。


 その時、こちらに何かが向かってくる足音が聞こえた。


「ガル、ガルルルルルルルゥ!」

「おいおい、勘弁してくれ」


 満身創痍の俺の前に現れたのは、虎とハリネズミを融合したようなキメラだった。


 そういえばここ、キメラの洞窟だったっけ。

 ここに住み着いている魔法生物か。


「ガウ、ウウウウウウウ……!」

「……戦う力はない。お前の好きにしろ」


 俺にはもう防御呪文一つ唱える魔力も残っていない。

 そんな事情なんてまったく気にせず、キメラの鋭利な牙が無慈悲に迫ってくる。


 さんざん死を回避することを望んでいたのに、ここで終わりみたいだ。

 …………まあ、それも悪くないか。


 覚悟を決めて目を閉じようとした瞬間、氷の弾丸がキメラの眉間を貫いた。


「ブラッドリー先生! 無事ですか!?」

「先生! 大丈夫!?」

「言われたとおりセレスさんを連れてきたわよ!」


 そうか……いまの魔法はセレスが放ったのか。

 ユウリとアイビスの駆け寄ってくる姿が、視界の端に映る。


 救援を呼んでくれたんだな。

 

 その光景を最後に、俺の意識は途切れた。





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