第34話 ブラッドリー先生VSキルステイン、前編
「先生……? どうやってここに……」
「ウソでしょ……来てくれたの?」
「話はあとだ」
二人の話をさえぎって、杖を構え魔力を集中させる。
「デネブレ・ショック【影の一撃】」
「むうっ!」
俺はユウリを押し倒している男に、黒い魔力の弾丸を放つ。
男は手の平で受け止めようとしたが、威力を殺しきれず吹き飛ばされた。
長身がテーブルを巻き込んで、ドガガゴンッと派手に音を立てる。
「ユウリ、アイビス、動けるか?」
「わたしはなんとか……」
「っ……あたしだって……平気よ」
肩で息をしながら、二人が立ち上がる。
制服には焼け焦げた跡がいくつもあって、身体も傷だらけだ。
怪我を気遣うような言葉をかけたいけど、今は一刻を争う。
「俺の入ってきた穴が後ろの壁にある。そこから出て救援を呼んでくれ。セレスなら隔離された空間に詳しいはずだ」
「わかった。先生は?」
「あの男を足止めする。だから、なるべく急いでくれ。俺は死ぬのが嫌いなんだ」
「うん、がんばる」
「こんな時によく冗談言えるわね……でも、ありがと」
ユウリとアイビスはお互いを支えながら、穴を通って今いる空間から脱出した。
残った俺と長身の男は、魔法使いらしく殺し合うだけだ。
「驚きました。魔法学園の一教師にこれほどの実力があるとは。敬意を込めて名乗りましょう。私は魔王教団幹部の一人、キルステインです」
「らしいな。魔法学園魔族学教師、ヘイズ=ブラッドリーだ」
「どうやってこの空間結界に侵入したのですか? 魔力による探知も困難なはずですが」
「生憎だが、高レベルの結界なら日常的に見ている。鍵を失くした時の入り方も習得済みだ」
キルステインは会話を続けながら、外練式で空間から魔力を集めている。
時間を稼いで強力な魔法をぶつける気満々だな。
俺も同じことをやってるから、文句を言うつもりはないけど。
「おや? 貴方の顔どこかで見たことがありますよ。学園に潜入させているスパイの一人にそっくりだ」
「人違いだろう。スパイが教団の幹部様に喧嘩を売るか?」
「まあ裏切り、乱心、どちらでも構いませんよ。私の邪魔をした者は、例外なく苦痛をプレゼントすると決めていますので。生まれてきたことを後悔させてあげましょう」
後悔、か。
正直にいうと、すべてを捨てて逃げるか迷っていた。
いまだって死ぬのが怖くてたまらない。
でも、こんな俺をすごい先生だと、純粋な瞳で信じてくれる生徒は裏切れなかった。
ユウリとアイビスが助かるなら、命だって賭けてやる。
「トール……ショック……」
「デネブレ……レイス……」
そろそろ、おしゃべりは終わりだ。
俺は杖に、キルステインは手の平に魔力を集中させる。
強大な魔力が集まっていく影響で、ビリビリと空気が振動した。
一拍置いて、魔法が激突する。
「──【白雷の戦斧】!」
「──【群れをなす死神の大鎌】
雷でできた巨大な斧と、複数の死霊が操るデスサイズが激突する。
稲光が瞬き、大広間に轟音が響いた。
稲光で互いの姿が視界から消える一瞬、俺とキルステインは同時に動き出していた。
「ふんっ! ショック!」
「ぐっ……ぬううぅ」
足裏で魔力を爆発させて相手との距離を詰め、顔面に拳を叩き込みながら、一節詠唱で追撃する。
これなら防御魔法も間に合わないはずだ。
「人間ごときが……私の顔に触れるとは! 万死に値します!」
「知るか」
キルステインの手の平から、幾筋もの雷が放たれる。
俺は手の向きを見て雷を躱し、できないものは【死霊の外套】で受け止めた。
でも【死霊の外套】の防御効果は、見る見るうちに失われていく。
魔力を雷属性に変化させただけの攻撃で、こんなにも威力があるのか。
やっぱり幹部クラスは化け物だな。
「雷の出るタイミングを見切って躱していますね。まさか気づいているのですか?」
「魔族が肉体を経由して魔法を発動する場合、角にその予兆が現れる。杖を使わない弊害だな」
「正解です。さすがは先生だ」
セレスは俺に合わせて杖を使ってくれたけど、高位の魔族に杖は必要ない。
自分の肉体を使った方が速く、自由度の高い攻撃ができるからだ。
キルステインの雷は手の平に加えて、頭に腹部、つま先からも放電を始めていた。
まるで雷のハリネズミだけど、笑っている場合じゃない。
「デネブレ・レイス・シールド【死霊の外套】」
「防御魔法の上書きですか。躱すのも限界のようですね」
「デネブレ・カース【メデューサの呪い】!」
「呪詛魔法も扱うのですね。トール・ショック【貫く雷撃】」
俺の放った呪いが、雷によって相殺される。
決まれば一撃必殺の石化魔法だったんだけど、そう上手くはいかないか。
このまま魔法を撃ち合っていても、俺の魔力が先に尽きてしまう。
二人にはああ言ったけど、救援にはあまり期待していなかった。
この洞窟は学園から離れすぎている。
生き残りたいなら、俺が勝つしかない。
「最初の勢いはどうしたのですか? 防戦一方ですよ」
「いまは作戦タイムだ」
「ほう。それでいい考えは出ましたか?」
「とびきりのやつがな。デネブレ・レイス・レイス・カース【海魔に呪われし亡者】!」
杖の先から海水と共に、魚介類と融合したゾンビが溢れ出てくる。
どいつも水にふやけて太り、ブヨブヨした身体を揺らしている。
「うっぷ、なんて汚らしく醜い魔法なのですか。美しさの欠片もありません」
「殺し合いに芸術点でもあるのか? そいつらを見くびらない方がいい」
「そんな低級ゾンビになにができると? もうおしゃべりはけっこうです。私の雷でこの空間すべてを埋め尽くしてあげましょう。トール・ショック・マクシマ【極大万雷】!!」
キルステインの全身に紫電が迸り、全方向に向けて雷が放たれる。
どれに当たっても即死の大魔法。
空間結界の中にいる俺に逃げる場所はない。
そう、そのはずだった。
「────な、なにが起こったというのですか!?」
「どんな即死攻撃だろうと、もう死んでるやつには効果がない。特に海水がたっぷり詰まったやつにはな」
キルステインの魔法は、すべてゾンビに受け止められていた。
雷は腹部に溜まった海水を巡り、腐った内臓を感電させるだけだ。
「有り得ない! 私の魔法が……ゾンビごときに阻まれるなんて!」
「覚悟しろキルステイン」
俺は指をそろえて伸ばし、手刀の形をつくる。
そして指の先端に魔力を集中させ、防御魔法に干渉されない強度と切れ味を生み出した。
「終わりだ。ここを墓標にしてやる」
「がっ……あ、あああああああ……」
手刀は本物の刃のように、キルステインの心臓を貫いた。
確実に臓器を貫通した感触が指に残り、遅れてドス黒い血液が、ブシャアアアァーと噴き出していく
「勝った……のか」
手刀を抜くと、キルステインは俺の前で仰向けに倒れた。
もう魔力の気配は感じない。
どう見ても絶命している。
「はぁはぁ……やった……やったぞ」
圧倒的な魔力の気配には正直ビビッたけど、なんとか倒すことができた。
戦闘前の直感も、案外当てにならないな。
俺は自分が思っているより、強くなっているのかもしれない。
緊張の糸がゆるみ、解放感で心が満たされていく。
「勝利の喜びは味わいましたか? ここからは現実の時間です」
キルステインの死体から声が響く。
そのことに考えを巡らせる前に、雷が俺の胸を直撃した。
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