第33話 ユウリ&アイビスVSキルステイン

『魔王教団』、その言葉を聞いて、わたしは血が沸騰するかと思った。


 人間に敵対する魔族、その最大勢力。

 パパをママ殺して、街を焼き払ったやつらも信仰する教団。


 あらゆる悲劇の元凶だ。


「──ルクス・ショック【魔を撃つ白光】!」

「おっと、危ないですね」


 キルステインと名乗った魔族は、片手でわたしの魔法を防いだ。

 防御魔法や障壁なんかじゃない。


 ただ手に魔力を集めただけで。


「はぁ、相手が名乗ったのですから、そちらも名乗るべきでは? 最近の若者はマナーがなっていませんね」 


 ため息をついてしゃべる様子は、人間そっくりに見える。

 ニメートル近い長身で、黒いスーツを着て革手袋を身に着けている。


 金髪をオールバックにして、細い目は感情を読み取らせない。

 しゃべり方は丁寧に聞こえるようで、こっちを見下しているのが丸わかりだ。


 でも絶対に人間じゃない。

 頭にねじれた二本の角が生えているから。


「ルクス・ディスアーム……」

「ユウリ、ちょっと待ちなさい! 攻撃もなし! まだ相手の目的も聞いてないでしょ!?」

「聞く意味ない。魔族は全員殺す」

「魔王教団がヤバいのはあたしも知ってるわよ。だから観察する時間が必要でしょ。ここは我慢して」


 最後のセリフは小声だった。

 ……たしかにそうかもしれない。


 アイビスはわたしよりも冷静だ。


「アイビスお嬢様の言うとおりですよ。暴力はよくありません。まず私の話を聞いてください」

「こっちも同じ気持ちよ。それで、あたしたちに何の用かしら? ずいぶん派手な演出を用意してくれたみたいだけど」

「私は仕事を邪魔されるのが嫌いです。空間結界なら外からは見えず聞こえず入れませんし、中からも出られませんから」


 薄々わかっていたけど、この結界内で助けを呼ぶことはできない。

 ヘイズ先生も他の先生たちも、わたしたちに気づくことはない。


「結論から言いますと、私の目的はユウリさんを殺すことです。貴女はこの世界で最も大魔導士に至る可能性が高い。魔王教団にとって、いずれ大きな脅威になります」

「なんでそう言い切れるの。わたしの過去のせい?」

「過去は関係ありません。以前、ディートの杖専門店に立ち寄ったことがありますよね? 私の部下もあの店にはよく通うのですが、トネリコの木とグリフォンの牙を素材にした杖は、歴代の大魔導士が使っていたものと同じなのですよ。貴女のところの学園長もそうです」


 ……そんな話は知らなかった。

 杖を買い替えたせいで、魔王教団を呼び寄せてしまうなんて。


「そんな理由で死ぬのは不服かもしれませんが、私としては僅かな可能性も潰しておきたいのです」

「聞いて損したわ。大した根拠もないこじつけじゃない」

「ああ、アイビスお嬢様は今回の目的と関係ありませんよ。たまたま空間結界の範囲内にいただけです。運がなかったですね」


 キルステインは口角を上げて、楽しそうにこう続けた。


「そうだ、貴女がユウリさんを殺してください。実行するなら命だけは助けてあげます。私と戦うよりも、よほど生存の確率が上がりますよ」

「…………」

「アイビス……」


 アイビスは黙ってうつむいている。

 たしかにキルステインと戦うのは、自殺行為と変わらない。


 巻き込まれただけなんだし、わたしも彼女に殺されるなら……。


「イフリート! そいつをぶっ飛ばしなさい!」

「おっと! 貴女……どういうつもりですか?」


 声と同時に炎の精霊が出現し、キルステインに燃える拳を叩き込む。

 攻撃は片手で受け止められてしまったけど、細い目が少しだけ開いた。


「どうもこうもないわよ。あたし舐めるなクソ魔族!」


 アイビスは怒っていた。

 先生と決闘した時以上の魔力が溢れて、火の粉になっている。


「それからユウリ! まさかあんな馬鹿丸出しの恫喝に乗ると思ってないでしょうね」

「う、ううん。思ってない」

「ならいいわ。思ってたらあんたも殴らないといけないから」


 そう言って彼女は杖を構えた。

 その瞳はキルステインだけを見据えている。


 ごめん。一瞬でもあなたを疑ったりして。


「二人で倒すわよ。あの余裕ぶった顔をボコボコにしてあげるわ」

「うん。やろう」

「まったく、若さとは恐ろしいものですね。一時の感情で現実の方が折れると思っている」


 イフリートが相手の動きを止めている間に、ありったけの魔力を込めて呪文を詠唱する。


 戦いが長びくほど魔力量が少ないわたしたちが不利。

 この一撃で決める。


「いい加減邪魔ですよ。トール・ショック【貫く雷撃】」

「────UUUッッ!」


 二節詠唱の雷魔法で、イフリートが粉々に吹き飛んだ。

 炎の欠片がテーブルの上に落ちていく。


 精霊が完全に死ぬことはないけど、復活まで何日もかかるはず。

 チャンスはいましかない。


「ルクス・ルクス・ルクス・チェイン──【光輝の大縛鎖】!」

「なるほど。これがオルクスの報告にあった四節詠唱ですか」


 光の鎖が無数に伸びて、キルステインの全身に巻き付く。

 スランプのことなんて、もう頭の中になかった。


 これが今のわたしにできる、最高の拘束魔法だ。

 普通の魔法使いならこれで終わりだけど……。


「サラマンダー・ショック・ファミリア! 【紅蓮の炎精騎士団】!」


 炎の甲冑をまとい、ランスを構えた精霊たちが、キルステインに突撃していく。

 数は全部で十二体。

 燃え上がるランスが、あらゆる方向から黒のスーツを貫いた。


 キルステインの身体が外と内から炎に包まれる。

 勝った。


 魔王教団の幹部でも、これだけの炎熱には耐えられないはず。


「で、気は済みましたか?」


 キルステインは当たり前のように口を開いた。

 その顔には一欠片の熱さも痛みも浮かんでいない。


 まるで家のソファーでくつろいでいるみたいだ。


「子供にしては頑張っていると思いますよ。私には通じませんが。トール・ショック【貫く雷撃】」


 手の平から雷が迸って、光の鎖と炎の精霊を消し飛ばす。

 わたしたちの全力を込めた魔法を蜘蛛の巣を払うみたいに。


 これもあの魔族にとっては、普通のことみたいだった。

 そういえば、さっきから杖を使っているところを見ていない。


 それでこの強さなの?


「いい顔です。わずかな希望が断たれた素晴らしい表情だ」

「このっ……サラマンダー……!」

「それはもういいです」


 わたしが気づいた時には、キルステインがアイビスの隣にいた。

 速い。目が追いつかない。


 そして、手で彼女に触れた。


「口の悪いお嬢様にはお仕置きです」

「がっ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 アイビスの身体に雷が流れている。

 のどが裂けるような悲鳴がわたしの耳を打つ。


 助けないといけないのに、怖くて身体が動かない。


「いいっ! 完璧な悲鳴です! その若さでこれほどの音色を奏でられるなんてっ!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

「おっと、やりすぎはいけませんね。死んでしまいます。貴女は私の部屋でじっくりと可愛がってあげましょう」

「ううぅ……ハァハァハァ……」


 アイビスから手を離すと、キルステインはわたしの方に来た。

 雷をまとった手が身体に触れる。


「貴女の悲鳴も聞かせてください」

「あぐ……ううう、ぐウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!」

「ほう、歯を食いしばるタイプですか。これはこれで趣がありますが、私の好みではないですね」


 痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっ!

 他に何も考えられない……。。


「でも、これでよかったのかもしれまんせん。殺す相手は名器だと、いつまでも仕事が終わりませんから」

「あ、あああ……」


 わたしを片手で床に押し倒し、キルステインは改めて魔力を練り上げているみたいだった。


 今度こそ心臓を止めるつもりだ。

 ここで……天使化したらどうなるんだろう。


 制服の内側にある『禁じられた十字架』を壊せば、命の危機に天使の力が目覚めるかも。


 でも、その後は?

 仮にキルステインに勝てたとしても、あの力はわたしには制御できない。


 天使の人格がアイビスを殺そうとしても止められない。

 空間結界から出てたら、他の生徒や街の人を傷つけるかもしれない。


 …………………………。

 それでも……いまは他の方法なんて……。


「すまん二人とも。ここを見つけるのに時間がかかった」


 死の間際だと、人はこれまでの人生を回想するらしい。

 だから、わたしもきっとそうなのだろう。


 こんなところで、ヘイズ先生の声が聞こえるなんて。





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