第32話 魔王教団幹部、キルステイン

「マズいことになったな」


 ラゴールの報告では、キルステインは魔法教団本部にいるはずだ。


 それがユウリを狙いに来ているということは、身代わりを用意していたとしか思えない。


 つくづく実感するけど、魔法の世界でミステリーは無理だ。

 杖一本で簡単にアリバイを作れてしまう。


 とにかく、ユウリとアイビスの状況を確認しよう。

 俺は水晶玉を取り出し、二人の姿を探す。


「いまは洞窟の中か」


 オルクスと戦っている間に、二人はキメラの洞窟に入ったようだ。


 急いで後を追うために、俺は自分の箒へ手を伸ばす。

 その瞬間、強烈な怖気が全身を襲った。


 鳥肌が立って、足がガクガクと震えてしまう。


「なんだこの魔力は」


 洞窟の中から、圧倒的な存在感を持った魔力の気配がする。

 ただ、ユウリやアイビス、他の選手たちは気づくとは思わなかった。


 体内の魔力を抑制し、自分の強さを隠しているからだ

 俺の身体が反応したのは、キルステインを意識したことによる偶然。


 セレスと一緒に暮らしていたおかげで、魔族にしかない魔力の気配を無意識に拾っていたわけだ。


「こいつは……化け物だな」


 今まで会ったどの魔法使いよりも、禍々しい力を感じる。

 俺も強くなった自信はあったけど、キルステインは別格だ。


 戦えば絶対に無事では済まない。

 というか高確率で殺される未来しか見えない。


「逃げるなら、いましかないな」


 相手はまだ俺のことに気づいていないはずだ

 魔法学園の教師なんて、敵と思っていない可能性が一番高いけど。


 死にたくないなら、ユウリとアイビスを見捨てて、尻尾を巻いて逃げればいい。

 元々俺はヘイズの身体に転生しただけの、この世界と関係ない人間だし、ずっと生き残ることだけを考えてきたんだから。


「ユウリ……」


 俺は箒を手にしたまま、じっと洞窟を見つめていた。





 ◇ ◇ ◇ ◇





 わたしとアイビスはイピリア湖を抜けて、キメラの洞窟の中を進んでいた。


 ここはアラクネの森と比べて、木や枝みたいな障害物が少ないから飛びやすい。

 ただキメラって名前がつくだけあって、色んな生き物を掛け合わせた魔法生物が襲ってくるのは困るかも。


「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」」

「いま後ろで悲鳴が聞こえたわね。これで三位とかなり差がついたはずよ」

「あとはアーリャ先輩とジゼル先輩を追い越すだけ」

「そうね。このまま飛ばすわよ!」


 わたしとアイビスは箒のスピードを上げる。

 その時、岩陰から大きな物体がこっちに向かって飛び出してきた。


「ハァッ!? う……ウソでしょ!」

「っ……いまのは……!」


 箒の軌道を操作して、ギリギリのところで大きな物体を躱す。

 危なかった。


 操作を間違えていたら、岩壁にぶつかっていたかも。


「GURURURURU」


 わたしたちの背後に着地した何かは、低い唸り声を上げていた。

 振り返るとそこにいたのは──


「GURUGAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!」

「なっ、なによあの怪物!?」

「──ッ! あんなのまでいるんだ……」


 獅子の頭、鷲の羽、蠍の尻尾を持つ巨躯の怪物、マンティコアだった。

 どの個体でもAランクはある、危険な魔法生物だ。


 鋭い牙と爪は鋼鉄を切り裂き、猛毒の尻尾は一刺しで獲物を絶命させる。

 大人の魔法使いでも、専門家以外は手を出しちゃいけない相手。


「あんなのがコースにいるってヤバすぎるでしょ! どうなってんのよこの学園は!」

「同感。全速力で飛ばさないと」


 わたしとアイビスは、さらに箒をスピードアップさせる。

 マンティコアは唸りながら、後ろから追いかけてきた。


 ……追いつかれたら、救援を呼ぶ前に死ぬかも。

 今、先生がいたらいいのに。




 ◇ ◇ ◇ ◇





 いきなりですが、私は悲鳴が好きです。

 といっても、冴えない中年男性や老人のものではありませんよ。


 やはり悲鳴は美しく若い女性のものが一番です。

 そういう意味だと、今回の標的はやや好みから外れるかもしれません。


 顔はそれなりに整っていますが、美しさよりも可愛さが勝つ。。

 それに火傷の跡もマイナスポイントですね。


 まあかまいません。

 いま私は機嫌がいいのです。


 こうして過去の思いでに浸るくらいに


 一週間前、私はとても楽しい時間を過ごしました。


 美しい人間の女性二十人を屋敷に集めて、一人ずつ苦痛を与えていくのです。


 一人目は指先から順番に身体を切断し、二人目は顔を火炙りに、三人目は食人魚の入った水槽にダイブ、四人目は膝に鉄板を積み上げました。


 残った五人目から二十人目も、手を変え品を変え肉体を破壊します。

 どの女性も個性的な悲鳴を奏でてくれて、最高に興奮しましたよ。


 悲鳴を浴びる瞬間だけが、真に私の心を癒してくれるのです。

 この楽しみを悪趣味だと言う仲間もいますが、わかっていませんね。


 女性の悲鳴は芸術なのに。

 なぜ魔王教団で流行らないのか、不思議で仕方ありません。


 魔王様が復活した暁には、もっともっと悲鳴で世界を満たすつもりですよ、私は。


「あそこ……岩の上にだれかいない?」

「ほんとだ。救護役の人?」


 おっと、過去に浸っていたら、もう標的が来てしまいました。

 ここからは仕事三割、趣味七割で頑張りますよ。


「魔道具起動、【隔離古城のテラリウム】」


 ミニチュアの城が入ったガラス容器に魔力を流すと、洞窟の景色が一変していきます。


 錆びたシャンデリアに剥げたタイル、腐食したテーブルの並ぶ大広間が、瞬く間に生み出されました。


「なっ、なにが起きてるのよ!? ここはどこなの!?」

「別の世界が構築されてる。もしかして、空間結界?」


 空間結界、正解です。

 周りの邪魔が入らないように、私が所有する世界にお招きしました。


 ここから出るには、私を殺さなくてはいけません。

 まあ、無理ですが。


 さて、あのお嬢さん二人に自己紹介といきましょうか。


「GURUGAUUUUUUUUUU……ッ!!」

「ヤッバ……マンティコアもついて来てるわけ!? どうするのよこれ! 逃げるところないわよ!?」

「落ち着いて。倒せなくても動きを止められたら──」


 ……なんですかあの畜生は。

 これでは落ち着いて自己紹介ができません。


 まったく、仕方がありませんね。


「GAUUUUUUUUUUUUUUUUッッ!」

「邪魔です。私の城はペット厳禁ですよ」

「GYAUUUUUUU……ッッ!? GYA……AA……」


 事前に唱えておいた呪文で、畜生の頭上から雷を落としました。

 見た目は恐ろし気ですが、思ったほど耐久力はないですね。


 一撃で死んでしまうとは。


「……え? えええええ!?」

「そんな……ウソ……」


 こちらも初見殺しのカードを失ってしまいましたが、まあいいとしましょう。


 これでようやく話を進められます。


「はじめまして。ユウリ=スティルエート。アイビス=カフネディカ。私は魔王教団幹部の一人、悲鳴のキルステインと申します」

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