ライトノベル作家になりたかった俺の青春バイバイ

水卜みう🐤

青春バイバイ

 ライトノベルに関しての知識については誰にも負ける気がしなかった。

 新刊も既刊も、ファンタジーやSF、ラブコメディ、女性向けのロマンス物、文庫も大判も問わずなんでも読んでいた。ライトノベル好きな人でも、ここまで読んでいるのはさすがに珍しいはず。


 読んでいるうちに俺の中にはある気持ちが湧き上がってきた。それは「ライトノベル作家になりたい」という、憧れのようなものだった。もちろん小説は読むことしかしてこなかったので書いたことはない。でもこれまでインプットしてきた知識があれば、作品を一つ書くくらいは余裕だと思ったのだ。


 まもなく大学受験を迎えるという頃、俺はライトノベルの執筆時間を考えて東京にある夜間の大学を志望校にした。もちろん親にも先生にも文句を言われたが、夜間だろうが昼間だろうが卒業してしまえば同じことだと言ってそれを突っぱね返した。


 無事に進学を決め、俺は上京した。これでやっとライトノベルの執筆に専念できると思った矢先、とあるソーシャルゲームがアニメ化して大ヒットを飛ばすのを目にしてしまった。これまではライトノベル作品がアニメ化されまくっていて食傷気味だった業界に新しい風が吹いたのだ。


 こうしてはいられない。今すぐソーシャルゲームを勉強しなければと思い、俺は人気のゲームを片っ端からインストールしてプレイした。アニメ化するだけあって、そのシナリオの良さには感心してしまう。そしてその中毒性のあるゲームシステムに、俺の生活はどんどん侵食されていく。


 朝から晩までゲーム漬け、アルバイトで稼いだ金はガチャを回す資金に消えていく。気がつけば大学は放校になっていて、ライトノベル作家になるために整えた環境はあっという間に崩壊していった。もちろん、小説は一文字もかけていない。


 ライトノベルのトレンドは俺の知らない間に大きく移り変わっていた。ウェブ発の作品がいくつもヒットし、朝から晩まで活字中毒になるくらい読んていたあの頃のライトノベルは既に時代遅れになっていた。その事実を俺は認めたくなくて、ウェブ小説に手をつける気は全く起きなかった。


 大学を中退して東京にいる理由がなくなった俺は、家業を手伝うため実家に戻った。空いた時間ができればソーシャルゲームに充てる毎日。

 ある日、高校時代の友人からお誘いがきた。それは、ウェブ小説のコンテストが開かれるので出してみないかというものだった。


 彼は俺がライトノベル作家を目指していることを知っていたようで、わざわざ声をかけてくれたらしい。でも俺は断った。ウェブ小説を書いている連中の端くれみたいにされることが、俺にはどうしても受け入れ難かった。やはりライトノベルは新人賞を獲るに限る。


 数ヶ月後、俺の耳に入ってきたのは、そのウェブ小説コンテストであの友人が賞をとったという知らせだった。ずっと憧れていた文庫レーベルからの出版と、コミカライズまで決まったらしい。聞けば、たった1、2年前から小説を書き始めたばかりなのだとか。しかも彼は既婚者で子どももいて、普通に大手企業で働くサラリーマンだ。


 俺はやっと気がついてしまったのだ。高校を卒業してからの十年あまり、俺はライトノベル作家になりたいという夢しか語っていないことに。そして、書き上げた作品など一つもないということに。

 しばらく何もする気が起きなかった。ただ無為に浪費した時間と金はもう帰って来ない。残ったのは大学中退と実家でバイトをしていたという経歴だけ。


 今更ライトノベル作家になりたいという気持ちは起きなかった。ソーシャルゲームをして、Vtuberの配信をダラダラ観ているのが身の丈にあっている。

 過去のクソみたいな自分の存在を、俺は抹殺したくなった。


 ふとスマホの中の写真をフォルダを眺めていた。すると、彼の結婚式で撮った高校時代の同級生の集合写真がでてきた。

 家庭も仕事も作家という肩書も手に入れた彼と一緒に写っているというのが、なんとも滑稽だった。


 こんな写真など削除してしまえ。そう思ったが、それをやってしまうとすべてを捨ててしまうような気がしていまいち踏み出せなかった。決断力のなさが浮き彫りになった、人生を象徴したような優柔不断さだった。


 そういえば俺のスマホは画像編集機能が優れていたということをふと思い出す。写真を削除する勇気は起きないが、加工して遊ぶくらいはやってもいいなと、軽い気持ちで編集ボタンを押した。


 すごい機能があった。消しゴムマジックというものを使えば、写真に映り込んだ不要なもの――例えば、俺の姿を違和感なく消すことができるのだ。

 早速俺は集合写真の自分を消した。違和感なく俺の姿が消えたその写真を見て、何か心の中のモヤモヤも消えたような気がした。


 自分のやってきたことは消せないが、写真の中の自分は消せる。間違いを重ねていた過去の自分を消すことで、俺は自分自身が浄化されていくようなそんな気持ちになっていた。

 俺はライトノベル作家志望の男、Google Pixelを使っています。過去のクソみたいな自分は消しゴムマジックで消してやるのさ。


(おわり)

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