第40話 エピローグ 恵みの大地
「ようやく落ち着きそうだよ」
ぼんやりと執務机の上で呟いた時、ノックの音が聞こえてくる。
「紅茶をお持ちしました!」
「ありがとう、シャーリー」
「あと少し……ですか、頑張ってください!」
「そうだな……」
シャーリーの淹れてくれた紅茶は俺の好みで自分で淹れた時と比べると段違いにおいしい。
しかしそれも、机の上にドサッとのった書類の束を見るとげんなりする。
はああ、もう一人俺がいたらなと愚痴ばかりだよ。これももうすぐ終わり……になったらいいな。
竜の巫女の住む神殿から戻ってからもう二ヶ月にもなる。
神殿であった出来事はレムリアンの巨木のことも含め、おとぎ話の中の出来事のようだった。
ジャノとシャーリーには神殿であったことを包み隠さず全て話をしたんだ。クレイが古代竜リッカートだったこともね。
あの後少し面倒なことになってさ。
きっかけは定期的にやって来る補給部隊だった。月に一回くる補給部隊を通じて父にお願いをしただろ。
物資の内容を変えて欲しいとか、行商をして欲しいとか。
父に伝えるということは補給部隊から父に村の様子が伝わる。するとだな、面倒な奴らも村の様子を知ることになるんだよね。
俺が領主に任命されたのだから、と安心しきっていた。
俺が竜の巫女の元から戻った翌日が補給部隊の来る日でさ、嫌な手紙を渡されたんだよ。
次男ヘンリーと正妻パオラから別々の手紙をね。書いてある内容は似たようなものだったことに笑ったけど。
『お前に領地経営などできるわけがない。俺がやろう」
『枯れた大地というのはあなたを驚かせるための嘘だったのよ。戻って来なさい』
うまい汁を吸えそうだから俺たちに寄越せってやつだな。
放置しておいてもよかったのだけど、絡み手や偽装を使ってこないとも限らない。彼らは脳筋辺境伯領の貴族としては悪知恵が働く。
彼とバチバチ権力争いをしている長男は典型的な脳筋なので邪魔どころか気づきもしないだろうし、父も似たようなものだ。
ならば、俺が直接行って父と話をつけてくるしかない。
「書類は終わったかい?」
「ま、まだだよ……」
涼やかな顔で尋ねて来た長髪の優男をじっとりとした目で見やる。
「慣れだよ慣れ。そのうち速くなる」
「ほんとかなあ……」
「行くんだろ? 面倒事は大きくなる前に芽を摘むに限る」
「助かるよ、ジャノ」
「はは。君一人だと解決できないわけじゃないけど、時間がかかるかもしれないからね」
そう、父と手紙で会う約束を取り付けた日が今日なのだ。
時刻は夕食時なので、今からナイトメアで領都に向っても間に合う。
ジャノという強い味方に同行してもらい、厄介事を全て今日で終わらせようというわけなのである。
そんなこんなで領都コドラムに到着した。大体にも辺境宮のテラスにナイトメアを降ろしたら、そらもう大騒ぎになったよ。
村人と異なりナイトメアは自分の認めていない者に対して大いに威嚇して、屈強な男たちの腰が引けるのが滑稽だった。
ナイトメアを再び空に放ち、一路父の元へ向かう。
「ふむ。直接来てもらって悪かったな。エルドはお前に任せた。補給部隊の言っていたことは俄かに信じられなかったが、エルドから届けられた作物を見て確信したよ」
開口一番、父は自分の想いを俺に伝える。
実直な彼らしい発言で、想いは変わっていないようで良かったよ。
さて、ここで彼の発言を聞くだけならわざわざジャノを連れて来てはいない。
ほら、来たぞ。今回の主役が。
「お待ちください。父上」
息を切らせて主役こと次男ヘンリーが待ったをかける。彼に少し遅れ正妻も姿を見せた。
よしよし、さすがジャノの作戦だ。ナイトメアでワザと注目を集め、彼らの焦りを誘った。父がいる場で直言するとなるとどうなるのかとか想像がつかなかったのか?
この辺は悪知恵が働くといっても脳筋領に恥じない動きだな。
「父上、イドラはそもそも兄上の部隊へ入隊する前の修行としてエルドに行かせたのですよね?」
「ずっと不毛の地に閉じ込めておくのは彼のためにならないとおっしゃっておりましたわ」
「うむ。そうだな」
二人の攻勢に父も頷く。
一見俺を慮った言葉であるが、元々長男の部隊への入隊を阻んだのはこの二人である。
俺としては部隊に行かなくて良かった、二人は良い仕事をしてくれたって感想だけどな。
父の想いは事実だったのだろう。彼の想いと二人の想いは真逆なことは明らかであるが、みなまで説明する必要もないか。
「過酷な地には私が身を切り、勤めあげます。ひ弱なイドラを助けたいのです」
「確かにイドラはアレの看病のため修練をすることができなかった」
二人の顔がパッと明るくなる。
その直後、父の次の言葉で地の底に突き落とされたようになっていた。
「イドラはこのままエルドを治めてもらう。いや、治めてもらわねばならない。イドラ、過酷な地だと聞いているが、補給部隊を驚愕させたお前なら立派に務めてくれるだろう?」
「はい、父様」
上げて落とす。素晴らしいねえ。
ちょこっとばかし、気になる言葉もあったが概ね予想通り。
「二人は下がれ、ジャノはそのままで良い。お主にも改めて伝えたいことがある」
ハッキリと言われてしまっては下がらざるを得ず、とぼとぼと二人が去って行った。
彼らがいなくなったところで父が再び口を開く。
「ジャノ、これからもイドラを支えてやってもらえるか?」
「喜んでお受けします」
「しかし、驚愕したぞ。まさかイドラが『竜に認められし者』だったとは」
「イドラにはそれだけの力があったのですよ。もっとも、パオラ様を献身的に看病をした経験があってのことです」
「そうだったのか。ここから先はたとえ親族であっても聞かせるわけにはいかないからな。二人もくれぐれも王国民に知られるようにして欲しい」
ん、んん?
ジャノのやつ、他にも根回しをしていたのか。だから、「治めてもらわねばならない」だったのか?
「かつて王国は最悪の災厄によって滅亡寸前の危機に陥っていた。おとぎ話にもなっておるだろう? 黒龍と白竜の伝説を」
「創作ですよね。悪しき黒龍が王国を滅ぼそうと暴れ、白竜とその背に乗った勇者が黒龍を打ち破り、新たな王国を築いた。それが今の王国だと」
「うむ。事実は異なる。このことは王と恵みの古代竜の地と隣接する辺境伯のみに伝えられている事実だ。お前は既に竜の関係者だから知っておくべきだと思ってな。王にも手紙を出し、了承済みだ」
「そ、それでお会いするのに時間がかかったのですか?」
「そう思ってもらっても構わない。忙しかったのは事実だがな」
何となくこの先の話が見えてきたぞ。
続きを待っていたらすぐに父が言葉を続ける。
まず、おとぎ話のことだけど、黒龍がいたのは事実であったが、対峙したのは勇者と白竜ではなく古代竜リッカートだった。
目的も王国を護るためではなく、自らの領域を犯す黒龍と決着をつけるためだったらしい。
王国は黒龍に荒され彼の通った地は灰になり、王国の誰しもがリッカートに救いを求めた。リッカートは灰になった大地に恵を与え、再び農業ができるようになったのだという。
そして、リッカートは黒龍と一ヶ月にも渡る激しい戦いの後、これを打ち倒す。
その代償としてリッカートは死の直前まで追い詰められ長い眠りについた。その日依頼、リッカートの加護を受け恵み豊だった大地は枯れた大地になった。
「竜の巫女から直接文が届いて驚愕したぞ」
「竜の巫女のこともご存知なのですか?」
「もちろんだ。彼女から願いがあってな。リッカートの領域をイドラ、お前に管理して欲しいと。期間は恵みの古代竜が目覚めるまで」
「な、なんてことを……」
理解したぞ。ジャノは竜の巫女に相談を持ち掛けたのか。
竜の巫女と王国には何か盟約みたいなものがあって、俺を借り受けたいとかそんな願いをしたのだと思う。
「そこでだ、イドラ。そもそもエルドは恵みの竜の領域であることは察しておるよな?」
「は、はい」
「王国民への見せ方の問題なのだが、エルド地域は名目上王国領として扱っている。だが、管理者たるお前が私の下ではよろしくない」
「話が見えないのですが……」
「これを」
父から王の蝋印が押された書状を受け取る。
『イドラ・コトラムをエルド伯爵に命じる。エルド伯爵の領土はエルド地域全域とする』
「え、えええ!」
「王命である。励め。私はお前のことを誇りに思うぞ!」
「わ、分かりました。ですが、エルドというのは不毛の地の代名詞になっていますので、王に進言したいことがあります」
「ほう、言ってみろ。私からも口添えする」
「エルドではなく、エルドラドとしてはどうでしょうか? エルドラドには楽園という意味があります」
「不毛ではなく楽園か。王もきっと喜ばれることだろう。一ヶ月待て」
ガハハハと上機嫌に笑う父の元を辞す。
テラスまで来たところでキッとジャノを睨みつけた。
「やりすぎだって!」
「僕もまさかここまでとは思っていなかったよ。イズミさんが辺境伯のことを知っているというので口添えしてもらいたかっただけだったんだ。君が領主に相応しいとね」
「知り合いの権力者からのお願いであいつらを完全にシャットアウトしようとしたんだな……確かに念には念をにはいい手だ」
「だろ。でもまあいいじゃないか。これからも頼んだよ。伯爵様」
「やれやれだぜ」
パチリと指を鳴らしたら漆黒の馬が空をかけテラスまでやって来る。
「そんじゃま、帰るとしますか。俺たちの家へ」
「あはは。書類が君を待っているよ」
「途端に帰るのが嫌になったよ」
「すぐに終わるさ」
ジャノと冗談を言い合いお互いに笑う。
ナイトメアの背から見える領都コドラムは立派な城壁と辺境宮があり、よい街だなと改めて感じた。
俺たちもこれからコドラムにも王都にも負けない村……いや街に発展させていくつもりだ。
「見えて来たぞ、村が」
「果樹園を作り過ぎじゃないかい?」
「クレイが喜ぶし」
「あはは。果物が嫌いな人はいないし、村の特産にもなるから良い判断だと思うよ」
それにしても随分村も変わったなあ。
畑、牧場、そして果樹園。ガンガン輸出できる体制も整った。
しかし、他の村はまだまだこれからだ。どこって? それはハーピーやリザードマンたちの村だよ。
彼らの村にも花を咲かせに行かなきゃね。
よおっし、やるぞ!
ギュッと拳を握りしめ、ナイトメアの首をポンと叩く。
おしまい
※ここまでお付き合いいただきありがとうございました!次回作準備中です。
そして、本作、、書籍化します!
近況ノートで続報あればお知らせします!
「種の図書館」で枯れた領土に花を咲かせる うみ @Umi12345
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