第39話 リッカート

「俺たちも食べようか」

「いいの!?」

「お仲間のハーピーやリザードマンも呼んでみんなで食べよう。あ、そうだ。クレイも喜ぶに違いない」

「呼んで来るね!」


 んじゃ俺もクレイを呼びに行くかな。


「少し外します」

「イドラさん、魔力の霊薬の残りを頂いてもいいですか?」

「あ、はい。元々俺のものではないですし」

「頂きますね」

 

 上品に座っているイズミがコクコクと残りのマジックポーションを飲み干した。

 あの味を表情一つ変えずに飲むとは、恐るべし竜の巫女である。

 見ているこっちが「うえ」と来るほどあの味はやばいのだ。


「おーい、クレイ」

「クレイ、ココニイル」


 ん、どこだ。って後ろにいた。いつの間に枝から下に降りて来たんだろう。


「甘い果実ができたんだ。クレイも食べない?」

「ウマウマ」


 新しい果物にクレイが惹かれないわけはなく、ウキウキでついてきた。

 こまめに小さなブレスを吐き出すほどご機嫌である。

 戻るとルルドとお仲間のハーピーがレムリアンの果実を集めてくれていた。門番のリザードマンらも既に到着している。


「どうぞ!」


 もう一方のハーピーが持っていたのかな? 籠一杯にレムリアンの果実が積まれている。

 ルルドだけじゃなくもう一人のハーピーの女の子も彼女と同じようにレムリアンの果実を籠にのせてもってきてくれた。


「皮も美味でしたよ」

「イズミさんも食べます?」

「わ、私はちょっと……遠慮しておきます」

「了解です」


 無理に食べてもらったからさすがに食傷気味か。まだ彼女が食べ終わってから一時間も経過してないものな。

 むんずと片手でレムリアンの果実を掴んでみた。ずっしりと重いが何とか片手で持つことができるか。

 そのまま持ち上げ、俺……ではなくレムリアンの果実をじーっと見つめているクレイに果実を向けてみた。

 右、左、右と動かすに合わせて彼の目線だけじゃなく顔も左右に動く。

 おもしれえ。


「ほおおら、レムリアンの果実だぞお」

「ウマウマ」


 悪ふざけが過ぎた俺はレムリアンの果実を力いっぱい空高く放り投げた。

 グングン高度を増して行くレムリアンの果実に対し翼をパタパタさせて全速力で追いかけるクレイ。

 果実が最高地点に到達し落ちてこようとしたところで、クレイが大きく口を開けてキャッチする。


「おおお、キャッチした!」


 むしゃりとそのままクレイがレムリアンの果実をかみ砕いた瞬間、ぶわあああっと物凄い突風と煙が巻き起こった。

 な、何事?


「クレイー!」


 レムリアンの果実が爆発したとかないよな?

 ハラハラする俺、突然の出来事に地面に伏せるハーピーの二人、周囲を警戒するリザードマン。

 それぞれが「爆発」に対する反応を見せる中、唯一人竜の巫女だけは異なっていた。

 立ち上がりただでさえ血色が悪い顔が更に青白くなり、ハタとなり両手を胸の前で合わせ両ひざをつく。

 祈るように煙の向こうを見つめている。 

 煙が晴れるとクレイの姿はなく、代わりに巨大なドラゴンが宙に浮いていたのだ!

 鱗の色はクレイと同じであったが、サイズも顔つきもまるで異なる。

 

「リッカート様……!」


 感極まったイズミの頬からつううっと涙が流れ落ちた。

 リッカート? 目の前のドラゴンはクレイじゃなくリッカートなのか。


「クレイ、クレイー! 無事か!」


 巨大な竜が何者なのかは分からない。リッカートってどこかで聞いた名前だな……と思うもクレイがいなくなってしまって気が気じゃなく考えている余裕なてなかった。

 竜の巫女を救ってクレイが犠牲になってしまった、なんて冗談じゃ済まないぞ。


『竜の巫女よ。長きに渡り神域で祈りを捧げたこと、大儀であった』

「リッカート様、私はこの日を待ちわびておりました。大地に恵みが無くなり久しく、あなた様の領域の生きとし生けるもの全てがあなた様の復活を待ちわびておりました」


 圧倒的な気配。思わず膝をつき拝みたくなるほどだ。

 この竜は竜の巫女が祈りを捧げて待ち望んでいた存在か。クレイのことが気になって仕方ないけど、二人の会話から目の前の存在が何者なのか分かった。

 竜が喋ることに対してはまるで驚いていない。この存在なら突如頭の中に声が響いて来ても「そんなものか」と納得できる。

 それほど大きな存在だった。

 これまで俺が出会った全ての存在が矮小なものだと思えるほどに。ジャノが規格外だと驚いていた竜の巫女さえも。

 そいつの意識がこちらに向くのが分かった。顔を動かさずとも「分かる」とは、何ともまあ「神がごとき竜」らしいな。

 

『イドラよ。一言お主に告げたくてな』

「クレイは? あなたなら分かるだろ。クレイの居場所はどこなんだ?」


 丁寧な言葉を使うことも忘れ、思いのまま巨竜……いや古代竜リッカートに問いかける。

 恐れ多くも彼の言葉さえ無視して。


『そのようなことか。クレイならここにおる。我だ』

「クレイなのか?」

『そうだ。クレイと我は同一の存在。時間がない、お主に一言告げたい』

「よかった……クレイが無事だったんだな」

『お主らしい。感謝する、イドラ。お主が大地に果実を実らせてくれたおかげでこうして我がお主に直接感謝の言葉を述べることができた』

「なんだよそれ。まだまだ食べたりないだろ? もっともっとリンゴでも梨でも種を植えるから」


 彼の言葉から彼がいなくなるような気がして、再び感情的に叫んでいた。

 せっかく元の姿に戻れたんだろ。まだまだ「ウマウマ」し足りないだろ?


『お主が種を植え続ければ、また相まみえよう。今の我は仮初だ。まだ足りない』

「え? それって」


 リッカートからの言葉は帰って来ず、先ほどと同じような煙と暴風が俺の肌を撫でる。


「ウマウマ」

「クレイー! 良かった!」


 俺の元にパタパタと翼を動かして降りてきたクレイをギュッと抱きしめた。

 とんだ勘違いだったよ。リッカートはまだ元の姿を保っていられるほど力を取り戻していない。

 俺の種の力によって大地に果実が成り、一時的であるが彼が姿を現した。俺に感謝を伝えるためだけに。

 

「もう会えないかと思ったよ。リッカートがお前の真の姿だったんだな」

「クレイ、マダマダ」

「そうか、クレイが元の姿に戻れるよう沢山種を撒かなきゃな。イズミさんと相談しながらさ」

「ウマウマ」


 ほんと食いしん坊だな、クレイは。

 いいぞ、たんと食べるといい。レムリアンの果実はまだまだあるからな。

 うまそうにレムリアンの果実にかじりつく彼を見つめ頬が緩む。

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