第38話 レムリアンの果実

 お気遣い感謝……だけど、できることなら飲みたくない。

 イズミはこんな液体を毎日欠かさず飲んでいるのか。マジックポーションが無ければもっと早く彼女の魔力が尽きていたかもしれない。

 ん、となると前回神殿に来てイズミの魔力を推し測ったジャノの計算は間違っていたのかもしれないよな?

 彼ならマジックポーションも計算に入れていたのかもしれない。いずれにしろ彼女は元々膨大な魔力を保持していたことは変わらないけど……。

 

「再開します」


 ギリギリまで魔力を注ぎ込んでみるとしようか。

 再び目を瞑り魔力を指先に集める。

 ぐ、ぐうう。魔力が減り過ぎて頭がクラクラしてきたが、膝をついている状態なので倒れ込むことはない。

 気絶する直前まで魔力を注いでやる。

 

「イドラさん、危険です」

「も、もう少し……お」


 気を利かせたルルドが素焼きの壺を俺の口元に寄せてきたが、首を逸らしてそいつを躱す。


「種に魔力が満たされました」


 その場から離れようと立ち上がるとクラリときてルルドに支えられつつ、数歩後ろに下がった。

 ちょうどその時、盛り上がった土から緑の芽が出てきた。

 芽はビデオを早回ししているかのようにグングン成長し、木となり幹もドンドン太くなっていってそれに伴い高さもグングン増して行く。

 成長力を上げることができるだけ上げたのが功を奏したようだ。

 それにしても、レムリアンの木ってどこまで大きくなるんだろうか? 説明には巨木と書いていたので広い場所を選んだのだけど……。

 神殿付近にレムリアンの種を植えたかったのは、果実を継続的に食べる必要があるかもと思ったからである。

 それに伝説の木が村の中にあったら目立つってもんじゃないし、変な権力者まで招きかねないからさ。

 どちらかというと後者の方が理由としては強い。


「大きな木だねえ」

「まだ成長しているから、しばらく様子を見よう」


 「はあ」と見上げるルルドに体を支えられながら俺もレムリアンの樹高に驚きを隠せないでいた。


「イズミさんは奥で休んでてくださって問題ありません」

「いえ、私もここで見守らせてください。これほどの巨木、目にしたことがありません」

「分かりました。楽な姿勢で見守ってくだされば」

「イドラさん、私に気を遣ってくださっているのでしたらお気遣いなく。ルルド」


 「うん!」と元気よく返事をしたルルドがむんずと素焼きの壺を掴む。

 え、え、ちょ、ちょまって。

 ルルド、笑顔で迫られても困るのだが、困るんだよお。

 魔力を限界まで消費している俺は疲労困憊だ。イズミもそれを分かって気にしなくていい、と言ってくれた。

 疲れ切っている俺にルルドはマジックポーションを飲ませてくれようとしている。

 口元に素焼きの壺が来ただけで、「う」っと刺激臭にえづきそうになった。


「だ、大丈夫? 魔力が尽きかけてるんだよね?」

「そ、そうだけど」

「竜の巫女様が良いと言ってるから遠慮しなくていいんだよ」

「あ、うん……」


 善意が、善意が痛い。

 仕方あるまい、飲むしかないか。

 覚悟を決める前にすでに口内にドロリとた液体が入って来た! こ、こいつはやべえ。

 口に入れるとケミカルっぽさが半端ない。それでいて妙に甘く、喉から鼻先に刺激臭があがってくるではないか。

 吐き出すわけにはいかないし、何とか飲み込む。


「もう一回」

「え、あ、う……」


 の、飲んだぞ。水、水をくれ。

 幸い水袋を持っていたのでこれでもかと水を飲む。しかしまだ口の中に味が残っているし、鼻にこびりついた臭いが消えねえ。


「お、おおお」


 胃が熱くなると共に全身に新たな魔力が供給されて行く。二度と飲みたくないと思わせる味であったが、確かな効果がある。

 これだけ魔力が回復すれば休む必要はない。

 ある種の感動に打ちひしがれている時、レムリアンの木を指さしイズミが呟く。

 

「成長が止まりました」

 

 レムリアンの木……いや、レムリアンの巨木はようやく成長を止めた。

 樹高30メートル以上はあるか。幹の太さはくりぬけば中で暮らせるほど。

 成長が止まったってことはいよいよここからが本番だ。

 枝の先に丸いものが出てきたかと思うと、みるみるメロンくらいの大きさになる。

 そして、メロンくらいの大きさの果実が七色の淡い光を放つ。

 

「ルルド、あの果実をとってきてもらっていいか?」

「なんだか触れるのももったいないくらい綺麗な実だね」


 ルルドが高さ10メートルくらいのところに成っていた果実をとってきてくれた。

 その間にも次々に七色の果実が成長していく。

 

「イズミさん、これがレムリアンの果実です。間違っていない自信はありますが、さきに俺が毒見をします」

「その必要はありません。まず食べるなら私が頂きます」


 レムリアンの種を用意した俺の想いに彼女も精一杯応えようというのだろう。

 彼女の覚悟を無碍にするわけにもいかず、レムリアンの果実を彼女に手渡す。

 皮を剥いて食べるのか、熱を通さなきゃいけないかも不明。

 イズミは果実にナイフを入れ、中の実を少し切った。実も七色で食べるにはちょっと戸惑うな。

 しかし、彼女は躊躇せずそれを口にする。


「これまで食べたどんな食べ物より、瑞々しく甘く、飲み込むとじんわりとお腹が暖かくなります。このおいしさは禁断の果実と呼ぶにふさわしいかと」

「魔力の器の方はどうですか?」

「あなたの考え通りですよ。これまでどのような薬を使っても修復することのなかった魔力の器が僅かに元に戻っています」

「お、おおおお!」


 ジャノが繋いでくれた嘘か本当か分からなかった伝説の木「レムリアン」が彼女の魔力の器を癒すことができている。

 母様、俺……今回は病魔を克服することができそうだよ。まだ、余談は許さないけど、レムリアンの果実を食し続ければ完治まで行けるはず。

 母様のことと重なり、自然と涙があふれてきた。

 

「やった、やったね! イドラさん!」

「そうだな、うん」


 俺につられたのか目に涙をためたルルドが抱きついてくる。

 そんな俺たちの様子を聖母のような微笑みを浮かべ見守るイズミ。

 彼女はこの後、メロン一個ほどの大きさがあるレムリアンの果実を食べきってくれた。

 彼女曰く、あと三個くらいの果実を食べれば全快するとのこと。

 だったら、食べれるだけ食べてもらおうじゃないかってことでその日のうちに追加でレムリアンの果実を三個食べてもらった。

 「もう無理そうです」と言っていたが、何とかなるものだな、うん。

 イズミが全快したとなれば、あとは――。

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