第37話 いざ、実演の時

 神殿の外に出るとルルドと先ほどリンゴの木のことで尋ねたハーピーが揃って俺とイズミに向け手を振る。


「イドラさん! 見てくれた? こんな沢山の木が!」

「ここでも無事に育ってくれてよかったよ」

「水をかけたらぶわっと育ったの! イドラさんの村で見たけど、やっぱり信じられなくて。みんな驚いていたよ!」

「まだ果実を付けていない木からとれる種は植えたら成長するものだから。すぐ収穫できるようになった木は植えてもダメだから気を付けて」

「うん! 聞いてはいたけど信じられなくって。凄いよ、甘い果物が毎日食べられるようになるなんて夢のよう」


 ルルドはまだ喋り足りない様子だったが、口をつぐむ。

 彼女とて竜の巫女が神殿の外に出ることはただの散歩じゃないと分かっている。邪魔してはいけないと思っていても俺を前に気持ちが抑えられなかったというところか。


「私は特に桃が気に入っています」

「桃はもいでから数日経つともっと甘くなりますよ」


 イズミがルルドに話を合わせてくれたので俺も彼女に乗っかる。

 するとルルドも満面の笑顔で「わたしは梨です! 瑞々しくて」となって場が和んだ。

 歩くのも辛いだろうに気遣いまでしてくれるとは、かなわないなあ。

 彼女のような人こそ上に立つ人なんだな、と改めて思った。俺は名前だけの領主で領主としての振舞いができていない。

 村の方針を他の人に領主を任せるわけにもいかないんだよなあ。領主の権限って結構大きくてさ。村人の意見を無視して村の方針を180度変えることだってできる。

 現状、村政方針というものは打ち出しておらず、そのうち整備するつもりだ。

 ジャノが差配し執務室で汗を流してくれている管理系の業務から、新しいルールを制定しなきゃならない。

 現実に即したものとしなきゃ、制度が現実を引っ張ってしまう。

 この状況で領主交代なんてしてみろ、俺のやり方を引き継いでくれればいいが「村政とはこういうものである」とかやられちゃったらせっかくうまくいっていた村運営が足止めになる。なので、少なくとも村が落ち着き制度を定めるまでは俺がトップでいなきゃならないんだ。あ、ジャノがやってくれるならもろ手をあげて賛成するけどね。

 やってくれないかなあ……。

 俺がお願いした時の彼の顔を想像し、背筋がゾッとした。

 やばい、絶対にお願いしちゃダメだ。凍り付くような笑顔で「で?」って言われるに違いない。

 

「ルルド、神殿に近く広い土地に案内してもらえますか?」

「お任せを!」


 俺が一人青くなっている間にもイズミとルルドの間で話が進む。

 スキップをしながら進むルルドの後を歩くこと5分ほどで「広い土地」に到着した。

 なるほど、背の低い雑草がまばらに生えているだけで見晴らしのよい開けた場所だ。


「では、さっそく種を植えます」

「お願いします」

 

 竜の巫女に了承を得たのでレムリアンをお目見えするとしますか。

 俺たちの会話を聞いていたルルドが「え? 何々?」と興味津々で目を輝かせている。

 彼女も何となくこれから植えられる種が何か想像がついていると思う。

 よっし、懐から布の包みを出し開く。

 中にはまつぼっくりのような変わった種が入っていた。これがレムリアンの種なんだ。

 パッと見、種に見えないのだけど鑑定したらしっかりレムリアンの種と表示されている。

 スコップで穴を掘ってまつぼっくりのような種を置き土を被せた。

 

「お水、いる?」

「水袋を持ってきてるから大丈夫だよ」


 ルルドが申し出てくれるが、種を育てるのに必要なものは持ってきている。

 ただ、レムリアンの種は水じゃ発芽しない。

 その場でしゃがみ、盛り上がった土に手をかざし目を閉じる。

 伝説の木レムリアンはリンゴの木と異なり、発芽させるためには魔力が必要だ。

 どれくらいの魔力が必要なのか分からないところが痛いけど、試してみなきゃ何も始まらん。

 意識を体内に流れる魔力に集中する。心臓から指先へ、指先へ、集めることができる限り集め。目を開く。


「開け!」


 一気に魔力を解放し種に注ぎ込む。

 ぐ、ぐぐ。まだ足りないのか、魔力で種を発芽させたことは何度もあるけど、すぐに魔力が満たされ発芽していた。

 しかし、こいつは更なる魔力を必要としているようで注ぎ込んでもまだ種に魔力が満たされた感覚がしない。

 

「はあはあ……こいつは相当だな」

「イドラさんの魔力が半分ほどに減っています。ご無理のない範囲でお願いしたいです。私のためにあなたが倒れることは本意ではありません」

「まだ大丈夫です」

「三分の一以下になるのはお避けください。ルルド、アレを」


 表情には出していないが、内心竜の巫女の発言に驚いていた。

 何にというと、他人の魔力残量を計ることができることに、だ。ジャノは大まかな魔力量は分かるみたいだけど、竜の巫女ほど正確ではなかった。

 自分でもゲームのパラメータのように残りMPがいくつみたいには分からない。

 魔力を一気に消費して疲労を覚えることはあっても、だいたい全量のどれくらいかな、と推し測るくらいだ。

 そんな自分でも分からないことを正確に把握できるとは、しかも、俺の魔力は少ないので彼女からしたら僅かな違いにしか見えないはず。

 凄いな、世の中には上には上がいるってことを実感させられたよ。

 

「イドラさーん、これを飲んでください」

「これは……?」


 素焼きの壺を持って帰ってきたルルドが「どうぞ」と俺にそれを手渡して来る。

 中にはどろどろした液体が入っていた。

 が、とんでもない刺激臭がする!

 これを飲めとでもいうのか、きっついぞ。


「飲めば魔力がたちどころに回復します。イドラさんの魔力ですと二口も飲めば全快します」

「マジックポーション! そんな高価なものをいただくわけには」

「私が毎日飲んでいるものを少しおすそ分けするだけです。それに、あなたがこれから育てようとしている種は魔力の霊薬より遥かに貴重なものです」

「魔力切れを起こしそうになったら頂きます」

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