人畜無害
三鹿ショート
人畜無害
私がこの場所で働くことが出来るようになった理由は、綿密な調査の結果らしい。
多くの女性が揃って眠っている姿を眺めていたところで、隣に立っていた彼女が、そのような言葉を発した。
彼女は眼前の女性の傍に存在する機械に目を向けながら、
「あなたの前任者は、この女性たちが目を覚ますことがないことを良いことに、好き勝手なことをしていたのです。ゆえに、この場所で働く人間については、それなりの良識が必要となるのです」
彼女いわく、この場所で眠っている女性たちは、私が叫んだとしても、刃物でその肉体を傷つけたとしても、目を覚ますことがないということだった。
噂には聞いていたが、このような場所が本当に存在していたことに、驚きを隠すことができない。
私がそのことを伝えると、彼女は軽く息を吐いた。
「その驚きも、やがて消えることになるのです。そして、単調な仕事の気晴らしのために、あなたの前任者は、欲望に身を任せることとなりました。あなたがそのような人間ではないということは理解していますが、これから先もそのような人間であるという保証はありません。悪事を働けばどうなってしまうのか、それは地下室で確認してください」
そう告げると、彼女はその場を去った。
彼女の言葉通り、私は地下室へ向かうことにした。
其処での行為を目にした私は、しばらくの間、嘔吐を止めることができなかった。
***
同じような施設が他にも存在しているために、新たに運ばれてくる女性の数は、それほど多いものではない。
彼女の言葉通り、仕事に対する私の驚きは消えたものの、ただ見守るだけが内容であるこの仕事ほど楽なものは無かったために、私は黙々と作業を続けた。
昇格も何も無いが、それでも構わなかった。
***
彼女と共に酒を飲みながら、私はかねてより抱いていた疑問を口にした。
「何故、綿密な調査をしてまで、男性を雇うのですか。不安ならば、女性だけで作業すれば良いではないですか」
私の言葉に対して、彼女は酒を飲む手を止めると、
「もしもの場合に、必要な存在だからです」
「もしもの場合、とは」
私が訊ねると、彼女は首を横に振った。
「知らない方が、幸福でしょう」
それから彼女が言葉を発することはなくなった。
***
常のように作業をしていたところ、彼女が声をかけてきた。
神妙な面持ちだったために、何か問題が発生したのかと考えながら、彼女の後ろを歩いて行く。
やがて、彼女は出入り口の扉を指差すと、
「少しばかり、外に出ていてください」
これまで告げられたことがなかった言葉に、私は困惑した。
「新たな仕事ですか。何の説明もありませんが」
彼女は私の顔に目を向けることなく、
「外に出れば、分かることです」
これ以上話したとしても意味は無いと考え、私は彼女の命令通り、外に出ることにした。
私が外に出ると同時に、扉には鍵がかけられた。
何故かと思いながら周囲に目を向けたところ、少し離れた場所に、一人の女性が立っていた。
髪の毛は乱れ、呼吸が荒いということは特段気になることではなかったが、下着姿であるために露わになっている部分が虹色であるということから、相手が尋常ではない存在だということを思わせる。
もしかすると、この女性を追い出せば良いのだろうか。
このような不審者を撃退するために、男手を欲していたのだろうか。
そのようなことを考えていると、女性は一瞬にして私の目と鼻の先に移動した。
人間とは思えないその速度に驚いていると、眼前の女性は、満面の笑みを浮かべた。
それから何が起こったのか、私には分からない。
其処で意識が途絶えていたからだ。
***
「これで、向こう半年は、問題が起こることはないでしょうが、彼には申し訳ないことをしてしまいました」
「あれをこの場所から遠ざけるためには、男性を捧げるしかないのですから、仕方がありません」
「それでも、事情を説明しておくべきだったのではないでしょうか。前任者に比べれば、彼は罪の無い人間でしたから」
「説明すれば、彼がこの場所で働くことはないでしょう。あれを遠ざけるためには、必要な犠牲なのですから、話してはならないのです」
「ですが」
「これまでも、同じようなことをしてきたでしょう。今さら、何を言っているのですか。あなたは既に、善人では無いのです。そして、彼が男性である限り、彼もまた、罪人なのです。あれがあのような状態と化したのは、男性が原因でしょう。いくら男性のことを好んでいたとしても、玩具のように扱われては怒りも抱きます。その報復として我々の未来を奪うために女性たちを狙うようになったとしても、仕方の無いことです。ゆえに、女性たちを保護しながらも、あれのために男性を用意しなければならないのです。そのような理由ですから、次なる男性を探してきてください」
人畜無害 三鹿ショート @mijikashort
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