全連本部での出来事

第1話 全連の大会議室

 埼玉の廃村から戻るまでのあいだ、俺も村瀬むらせ颯来そらも、怨霊化が解けないままだった。

 小森こもり三軒さんげんも、特になにを言うでもなく、すました顔で黙っている。


「とりあえずは、そのままで。明日、部屋まで呼びに行きますので、それまでゆっくり休んでいてください」


 全連の本部に着いたときに、そう言ったきり、有無を言わさず部屋に帰されてしまった。

 階段で村瀬と颯来と別れて自分の部屋に戻ると、ベッドにゴロリと横たわった。


 あんなにも他人を憎む感情が、まだ俺の中にあるとは思わなかった。

 育ててくれた祖父母が亡くなったときに、そんな思いも消えたと思っていたけれど……。


「まあ、殺されて憎むなってほうが無理な話しか……」


 なんとなく日々の忙しさに流されて、つつましく生きていければいいと思っていたけれど、それは叶わなかったな。

 有名になろうとか、巨額の富を得たいとか、特別な野心があったワケでもなくて、単純に両手で包めるくらいの小さな幸せがあればいいと思っていただけなのに。

 そもそも、そんなふうに望むこと自体が許されることじゃなかったんだろうか?


 モヤモヤ広がる不快な気持ちのまま、俺は音楽をかけた。

 一昔前に流行った応援ソングが多いグループの歌は、こんなときにでも頑張ろうと思わせてくれるから好きだった。


「ていうかなぁ……死んでまで頑張ろうって思うの、どうなんだよ……」


 あの世はあると思っていたし、死んで無になるとも思っていなかったけれど、こんなに普通のままでいるとも思わなかったから、変な違和感が残っている。

 もっと心穏やかに……例えば真っ白な着物姿で明るくてのどかな大自然に囲まれてゆったり過ごすとか、いわゆる神様のような存在のもとで、生まれ変わる前に修業的なナニカを教わりながら過ごすとか、そういうのを想像していた。

 もっとも、今の時点で『成仏している』と言えない状態だから、こんな感じでいられるのかも知れないけれど。


 そんなふうに考えているうちに、いつの間にか眠っていたようで、耳障りなノックでハッと目を覚ました。

 外はもうすっかり日が昇っていい天気だ。


「はぁい……」


 面倒臭いと思いながらドアを開けると、立っていたのは三軒だ。

 自分が子どもの姿になったときと同じシチュエーションに、つい自分の手を見ると、三軒はクスリと笑った。


「今度は小さくなっていないわよ」


「うん、ちょっとホッとした。怨霊化もいつの間にか解けたみたいだ」


「そろそろ広前ひろまえさんと話し合いをするの。だから呼びに来たのよ」


 昨夜、埼玉の廃村で、そんな話になったな。

 あのとき、怒り狂った広前は異様に恐ろしく見えたけれど、今日はどうなんだ?

 この施設内で燃やされるとは思えないけれど、なんらかの護符を使われて苦しむのは避けたい。


 一度、一階まで降りると、玄関前にはすでに村瀬と颯来もいた。

 二人とも俺と同じように怨霊化が解けているようでホッとする。

 三軒に促されて渡り廊下を別館へと向かい、初めてここへ来たときに小森が案内してくれた大会議室へとやってきた。

 教室二つ分もある会議室はすごい広さに感じるし、真ん中に向かい合わせで二列に並んだ机も、変な重厚感があってやけに大きくみえる。


 窓側には広前をはじめとしたSCCのメンバーが二人、廊下側にはもう既に小森が腰をおろしていて、その隣には谷郷やごうたち全連ぜんれん埼玉支部のメンバーも並んでいた。

 小森と三軒を挟むようにして、埼玉支部のメンバーと反対側に俺たちも腰かけた。


「……さて、全員揃ったな? それじゃあ小森、昨日はどうしてあんなことになったのか、説明しろ」


 広前は腕を組み、ずいと机に身を乗り出すようにして小森を睨んだ。

 そっと小森の横顔を見ると、右手の中指で眼鏡を押し上げ、すました顔をしている。

 手にした書類をSCCのメンバーに配ると、事の経緯を話し始めた。


 その内容は、埼玉の廃村に行く前に俺が聞いた内容とまったく同じだ。

 そりゃあ、違っていたらおかしな話になってくるんだけれど。


「要するに私たちに来ていた話と同じということだな? JSAからも同様の回答が来ているが……」


「そりゃあもちろん、そうですとも。わたくしたちは、あくまでもJSAの依頼で応援にでただけです。ねえ? 谷郷さん?」


「うん……まあ、確かにあの侵入者にはホトホト参ってたよ。住み着いちまうしウロウロ動き回るし、追い立ててもちっとも出ていく様子がないしでさぁ……」


「あの廃村は禁足地きんそくちも近いものですから、速やかに追い出すには人手が必要だったのですよ。それは広前さんにも当初からお願いしていましたよね?」


 小森もググっと前のめりになって広前に訴えている。

 出会ってからずっと、人を小馬鹿にしたような態度の小森が、なんとなく必死になっているように見えるのは、昨日、燃やされたところを見てしまったせいだろうか?


「そりゃあ聞いているよ。ただ、どう考えたっておかしいだろうが。だいたい颯来には私が直接、鎮めの対応をしているのに、こんな短期間で怨霊化まで進むだなんて考えられないんだよ!」


 広前は不機嫌さを隠さずに、手にした書類でスパンと机を叩いた。

 その拍子に、小森も三軒も埼玉支部のメンバーも、椅子から浮き上がるくらいビクリと体を震わせた。

 思いっきり怖がっているのがわかって、俺はうつむいて必死に笑いを噛み殺していた。

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全日本霊体連合組合 釜瑪秋摩 @flyingaway24

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