第3話 恋愛カレンダー

「それ、一周回って新しいね。なんて褒められるとでも思った?」

「いや、そんなふうには思っていないです。ただ、正直に言うとちょっと疲れて頭は回らなくなっています。ないですよね、確かに。『恋愛カレンダー』なんてネーミング」

 疲れている。それはこの場にいる女性のみで組まれたチームの誰もがそうだ。主に書店での取り扱いになる個人向けのカレンダー制作。市場が萎みきっている商品の開発ほど疲れるものはない。それでも、一定のニーズがあるというところがカレンダーの難しいところだ。

「あの、チーフ」

「ん?」

「ネーミングは置いておいて、発想自体はアリ、じゃないですかね。恋愛イベントに特化したカレンダー」

 チーフと呼ばれた女性は、手帳のまだ白い部分をボールペンの頭で三度トントントン、と叩いた。

「恋愛イベントね。太田さん、あなた考えられる? カレンダーを埋め尽くすだけのオリジナリティのあるイベント。何度も言ってるからわかってると思うけど、ユーザーがイベントを書き込む形じゃ、私たちが作る意味ないからね」

「もちろんそれは理解しています。イベント作製に専念させて頂けたら、二日で! ね、柴崎さん」

「恋愛カレンダー」を発案したこのチームで一番若い柴崎が、目を瞬かせている。

「え、はい、二日で。できます、かね?」

 柴崎を見る太田の視線は温かいが、他のメンバーの視線は冷ややかだ。

「多様性を意識しすぎて大炎上とかは勘弁してよ」

「そもそも『恋愛』の年代なら『カレンダー』じゃなくて『手帳』だと思うけどなあ」

 私語が増え始めた会議の現場を、チーフが手を三度、四度鳴らして静めた。

「はい、はい、反対意見があるなら代案もセット!」

 静かになった会議室を見渡して、チーフは壁の時計に目をやった。終業時間まであと五分だ。

「今日はここまでにしましょう。笹原、今日のアイディア、またデータベースで共有しといて」

「はい」

「じゃあ、みんなお疲れ」

「お疲れ様です」

 会議室を囲んだメンバーが、それぞれ自分の目の前にある書類、カップ、お菓子の包装紙を片付けながら、一日の疲れを言葉にして吐き出している。

「柴崎さん、このあと少し時間ある?」

 机上の整理を終えて立ち上がっていた太田が、まだ椅子に座り、冷めきった紅茶に口をつけている柴崎に声をかけた。

「はい。大丈夫です」

 柴崎は紅茶の入ったマグカップを机に置くことなく、そのまま飲み干して立ち上がった。だが、椅子がうまく後ろに滑らず、後方につんのめるように身体が傾いた。

「おっと、危ないよ。ほんと、疲れてるみたいね」

 太田が傾いた柴崎の身体を、自分の身体全体で支えた。

「あっ、すみません。ちょっと引っかかっちゃって」

「こんなのも、ありがちなイベントだよね。恋愛の」

 柴崎の耳元で囁かれた言葉は、このあとの「少しの時間」を予感させた。

「太田先輩、カレンダーのイベント作製を口実にしようとしてないですよね?」

「してない、してない。私ってストレートだから」

「ストレート。それって、どっちの意味のです?」

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セブンデイズチャレンジ #1 西野ゆう @ukizm

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