第8話

「そうよ」

 三鷹は大声を上げたいところを、ぐっと堪えた。三鷹が会った寛司と健司はそっくりだったのに、写真のその二人は顔立ちこそ似通っているが、確実に区別できる。宇津井達が徳田兄弟を一目で見分けられると云ったのも当然だ。

「……訳が分かりません」

「どうやら、私の考えが的を射ていたみたい。喜べないのが残念だわ。寛司が弟を殺し、そのあと一時的に健司のふりをしていた。どうかしら、この推測」

「……あり得ません」

「何故?」

「なるほど確かに寛司さんに健司さんのふりをされたら、私には分かりません。前もって情報がなく、初対面なのだから。でも、フランカさんなら分かると思います。いくら何でもこれほど顔が違えば、じっくり見ることで分かるはずです」

「そこなのよね。フランカはアメリカ人だからか、アジア人、特に日本人の顔を見分けづらいとこがあるみたいなのよ」

「ああ……」

 もしそうならば。

 あのとき、伯父の部屋にやって来た寛司は、三鷹に勘違いされたことを利用して、自分のアリバイを成立させようとしたに違いない。そう、あの段階で、既に健司を殺害していたのだ。恐らく突発的な犯行で、どうしようもないと思った寛司は、教授に相談しようとしたのだろうか。ところが部屋に駆け付けてから、教授の不在を思い出し、それと同時に罪から逃れたい意識が一気に強まった……。

 三鷹との会話中に、廊下に人の気配がしたときは焦ったかもしれない。だが、それがフランカだと知ると、まだ何とかなると考えた。そして実際、寛司は健司として窮地を切り抜けた?

「ベッドでお粥を受け取ったのは、健司さんではなく、寛司さんだったといいたいのですね」

「恐らく。あの時間帯、食事の準備を寛司も少し手伝ってたけれど、慌ただしかったし、本人の研究絡みですることがあるからと一時的に姿を消しても誰も気に留めなかった。お粥を運んであなた達が来たとき、ベッド上の健司君の遺体は布団を被せて隠し、そのすぐ隣に寛司は足を伸ばして座ったんじゃないかしらね」

「筋は通ってきましたが……証拠がないです」

 言葉を噛みしめるように三鷹。彼女の肩に、宇津井が手を置いた。

「あなたが証人よ。記憶力、確かなんでしょう?」


 程なくして、警察の調べにより凶器が発見された。クラブハウスの敷地のすぐ外、歩道の脇にある側溝に、金属製ハンガーと炬燵の脚それぞれ一つずつが落ちていた。どちらもクラブハウスの備品であり、ハンガーは健司の部屋の物が一本なくなっていた。

 三鷹の証言を元に追及を受けた寛司は、初めから騙し通せる可能性は低いと覚悟していたらしく、比較的あっさりと陥落した。

 それでも抵抗を全く見せなかった訳ではない。彼を追い込み、諦めさせたのは、震度四を記録したあの地震だったと云える。

 どういうことかというと――寛司が犯行に関わっていないのなら、健司が殺されたのは夕飯の直前から地震が収まった直後の、せいぜい二十分の間ということになる。仮にその時間帯に健司が死亡したとして、ベッド上にできた血だまりに着目してみる。気温等の諸条件によって微差はあるだろうが、血が凝固するまで通常三十分程度掛かり、それと並行して黄色がかった液体、血清が上澄みのように浮いてくる。

 三鷹が見て記憶した血だまり表面の状態は、血清が浮かんでいた。二十分程度の経過では辻褄が合わない。加えて地震の揺れがあった。犯行間もなくに地震が起きたのであれば、血液は分離していないそのままの状態で多少飛び散ったに違いない。そのような滴状の血痕が現場に見られなかったことからも、犯行時刻は地震よりもずっと前だったと見なせる、という理屈だ。

 動機は何か。持ち物の共有をよくしていた徳田兄弟だが、兄の寛司は恋人の共有までしようとしていたらしい。事件当日、実験に入る前にその女性との電話でのやり取りで事情を悟った健司は、実験に取り掛かるも集中できず、途中で放棄。その彼を部屋に訪ねた寛司と口論になる。詰られてかっとなった兄が、部屋にあったハンガーを掴み、その鉤状に曲がった部分で弟の顔を殴り付けると、血が激しく噴き出した。そこまでするつもりはなかった寛司は取り返しの付かないことをした、もう引き返せないと気が動転し、そのまま殴り続け、健司を死に至らしめた。

 なお、シャツを着替えたのは返り血を浴びたためであり、そのシャツが健司の物だったのは偶然だと云う。

 炬燵の脚は、健司になりすましてのアリバイ作りを思い付いたあと、顔を分からなくする必要から、クラブハウスの用具入れから探し出し、弟の顔面を叩き潰すのに使った。期待したほど手頃な道具ではなく、おかげで再び着替えなければならない羽目に陥ったとのことだ。


――終

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地震過剰 小石原淳 @koIshiara-Jun

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