第1話 オタバレしました
ハローハロー、みんなのアイドルきさらだよー。
今日はゲーム配信、最近流行っているロボットアクションゲームをしていくよー。
あ、スパチャ……。
名無しの傭兵 100クレジット『いやったー! きさらちゃんがどんな機体を作りたいですか! 相談に乗りますよ』
あははは、心強いね。うーん……そうだなー、どうせなら可愛い機体がいいよね! ずんぐりむっくりの!
◇
数週間後、ヘルマンは傭兵ギルドへ足を運んでいた。
全てのAD乗りの傭兵は全員、ギルドに所属することを義務付けられており、所属している傭兵はギルドで依頼を受注し派遣されるのだ。
いくら統合軍の監査が入ったとはいえ、企業から前報酬はしっかり払われている。
それでも機体の修理費の足しにはなるぐらいで、どうせ雀の涙程度だ。
これでは来月のきさらのスパチャを送るどころか、恐らく彼は生きて抜くことすら厳しくなってしまう。
だからこうして、新たな依頼を受けるために足を運んできたわけなのだが。
「……あいも変わらずすごい人だかりだな」
ヘルマンは人混みを掻い潜るように、事務作業をしている顔馴染みの受付嬢に声を掛ける。
「おーい、ククリ。遊びにきたぜ〜」
ヘルマンの声が届いたのか、顔馴染みの受付嬢ことククリは作業をする手を止めて顔を上げる。
クセのあるショートの栗色髪に、エメラルドを思わせる翡翠の双眸、そして童顔でありながら大人の魅力もある可愛らしい顔立ちの少女だ。
「あ、ヘルマン。いらっしゃい、また依頼?」
「ま、そんなとこ。なるべく報酬が高い依頼で頼む」
誰にでも優しく親切で、傭兵一人一人の実力と要望に合わせた依頼を提供してくれる。
評価されている。
一部では、有志によるファンクラブが結成されており、日々彼女に近づく下心丸出しの虫を人知れず潰していたりする。
かくいうヘルマンも、彼らに目をつけられ危うく命を落としかけたのは別の話だ。
そんなことを知ってか知らずか、ククリはいつもの通りの眩しいほどの笑顔を作りながら頷く。
「わかったわ。それにしても珍しいわね。いつものあなたなら、もっと安全な依頼を受けると思ってたから、少し意外」
「ちょっと、纏まった金が欲しくてな……」
ヘルマンは深刻そうに言っているが、実際は推しへ貢ぐための資金集めである。
ただ口が滑っても言えない訳がある。
確かに報酬が高くなればなるほど、その重要度や危険度も上がるが、背に腹は変えられない
ヘルマンの要望に、ククリは少し考えるそぶりをしてから何かを思い出したかのように、手をポンと叩く。
そして手元のコンソールを操作すると、ヘルマンの前にホログラムで依頼が表示される。
「えーと、なになに。依頼元はケイローン社、『新造艦の護衛』か。思っていたより結構楽そうな仕事だな。で、報酬は────!?」
報酬が記入されている欄に視線を落とすと、目を見開いた。
「ひ、一人につき1000万クレジット(1C=15円)!? なんだこの馬鹿げた依頼料は!?」
「数名のバラマキ依頼とはいえ、それだけ重要度の高い依頼ってことでしょうね」
「いやいやいや、俺がこの依頼を受けられるはずがないだろ!? 俺はC2だぞ!?」
ギルドはランク制を採用しており、A、B、C、Dの四つのカテゴリと1・2・3・4・5の数字の組み合わせで格付けされる。
その傭兵の実力と功績によってランクも上位のものとなる。
当然、上位であればそれだけ報酬のいい依頼が舞い込んでくる。
それに比べ、ヘルマンのランクはC2。所謂中の下に位置する程度の実力しかない。
だからこそ万年貧乏の傭兵をしているわけなのだが、
「そうかな? 私はヘルマンさんはいつか大物になると思うんだけどねー」
なぜか自信ありげに程よい胸を張るククリに、ヘルマンは半眼を向けながら言う。
「いったいどこから自信が来るんだよ……」
「だって功績を考えれば普通だと思うわよ。ダイアナ大戦でも━━━━━」
「わー、わー!」
とんでもないことを滑らしそうになったのを、ヘルマンは声を上げて慌てて止める。
それを見て、ククリは仕方なさそうに息を吐く。
「もう……まだ隠してるの?」
「当たり前だろ。傭兵は血の気が多いんだ。間違っても決闘騒ぎにでもなったら洒落にならん」
「それは、ヘルマンさんが小物臭ぷんぷんだからだと思うわよ」
「さらっと酷いこと言ってません?」
「気のせいよ。それになんで隠してるのよ?」
「あれは、自前の重装甲と後方支援に徹していたおかげでギリギリ生きていただけで、今のトップ層みたいに前線で敵をバッタバッタ倒したわけじゃないし……痛っ」
色々ネガティブな言い訳をしていると、軽い衝撃が額に伝わってくる。
ヘルマンは少しだけ痛む額を抑え顔を上げると、ククリは頬を可愛らしく膨らませていた。
「な、なに?」
「ヘルマンさんは自分を卑下しすぎ。もっと自分に自信を持ちなさい」
「そうは言われても……わかったわかりました。自分を卑下するのやめますから、そんな怖い笑顔しないで!」
ヘルマンが弁明すると、ククリは一瞬怖くなった笑顔が元の可愛らしい笑顔に戻った。
……ほ、本当に怖かった。正直、少しちびりそうなぐらいだ。
「まったく、仕方ないわね……それで依頼は受けるの?」
ククリに問われ、ヘルマンは腕を組んでうーんと悩む。
こういった楽で高額な報酬は高確率で地雷だというのは、もう古いことわざにあるほどよくあることだ。
普段なら絶対に受けない依頼。だが今のヘルマンは色々と事情が違う。
ヘルマンはきさらにスパチャを送らなければならい使命と、そのために生き残るために生活費を稼ぐ義務がある。
心臓が張り裂けそうなぐらい悩みに悩んだ挙句。
「受けるよ。せっかくククリが選んでくれたんだもんな」
そうククリに告げて、ホログラムに映し出された依頼を受諾した。
「そういうと思ったわよ。依頼の受諾は受け取ったから、四日後の
「わかった」
ヘルマンは言葉を返すと、ギルドを後にした。
◇
四日後、ヘルマンは予定通り第三ステーションに到着した。
辺りにはヘルマン同様、依頼を受けた数人が集まっており、その目の前にはケイローン社所有の宇宙戦艦が佇んでいた。
ペットネームは<サジタリウス>。最大で四十機までADを艦載できるオリジナルモデルだ。
「羨ましい限りだな……」
聳え立つ戦艦を観ながら、皮肉混じりに呟く。
いくら戦時下で需要があったとしても、最新鋭の宇宙戦艦を作って軍に定期的に購入される企業なんて全体の1%程度もいいところだろう。
「ま、依頼料さえ払って貰えばいいんだけどね」
宇宙戦艦のハッチが開き一人の男が姿を現し、それを見たヘルマンは思わずゲッと声を漏らした。
それもそのはず、今姿を現したその男は惑星統合軍の軍服に身を包んでいたからだ。
少し前に惑星統合軍に捕らえられたヘルマンにとって、これほど気まずいことはないだろう。
それにこれはヘルマンに限った話ではなく、惑星統合軍の介入されたことによって依頼料が払われなかったケースが年間数万件もある為、一部の傭兵には目の敵にして襲撃依頼を受けるやつだっている。
他の傭兵達も各々が身構えるが、男性は意に返した様子はなく敬礼を行う。
「よくぞ来てくれた。私は本日付でサジタリウスの艦長になるマクスウェル・リバード少佐だ。まずは謝罪しよう。本依頼はケイローン社と惑星統合軍による極秘裏の受け渡しである」
突如伝えられた真実に、傭兵達は動揺を隠せない。
当然ヘルマンも驚愕したものの、同時になぜ依頼料があれだけ高いものも納得がいった。
マクスウェルと名乗った男は話を続ける。
「当然、貴官らの中には惑星統合軍の指揮下に入るものに抵抗感を持つ者がいるだろう。よって今すぐ乗艦しないのでは本依頼を受ける必要はない。ここまでの通行料も支払おう」
そう言うと、マクスウェルは艦の中に消えて行ってしまった。
それからと言うもの傭兵達の動きは、艦に乗るものとその場を離れるもので完全に二分された。
ヘルマンも一瞬迷ったものの、覚悟を決めてサジタリウスに乗艦した。
乗艦したヘルマン達は、そのままスタッフにブリーフィングルームまで案内された。
ハイスクールのクラス一つ分もある広さだが、結局のところ残ったメンバーも十人ほどしか残らなかったため宝の持ち腐れもいいところだ。
各々が自由に席に座ると、部屋が暗転しホログラムが広がりマクスウェルは語り出す。
「我々が目指すのは、ここから二つほど離れた銀河にある惑星エリーナの衛星基地に向かう。途中いくつかの中継点で補給を受けながら、トランスポートゲートでワープし距離を詰める。君達にはそれまでの護衛を任せたいと考えている。何か質問は」
「はい」
マクスウェルがそう言うと、ヘルマンの隣から声が上がる。
とても凛とした声だった。隣へと視線を向けると、その正体はパイロットスーツに身を包んだ少女だった。
腰まで伸ばした金髪に、白く透き通った肌、そして整った顔立ちは華やかさは残しつつもお淑やかな雰囲気を醸し出している。
正直、スーツを着ていなかったら、何処かの女学生なのではないかと思いそうだ。
「護衛、ということは会敵する可能性がある訳ですよね? 予想される敵戦力は?」
「予想される敵戦力は、主に中隊規模宙賊を予測しているが、当然情報漏洩でこれ以上になる可能性があると考えている。だが現段階では問題ないと考えている」
「情報が漏洩する可能性は」
確かに、それはヘルマンも気になっていた所だ。
バラマキの依頼ということは、不特定多数の目に通るし、傭兵は全員が全員口が硬い訳ではない。
「問題ない、あらかじめダミーの情報を流している。無論、それで戦闘がなくなる訳ではないので留意するように。他に質問は?」
マクスウェルがそう聞くが、他に手を挙げる者はいなかった。
「では解散とする。部屋と小隊編成のデータは送ってあるので確認するように。二時間後に出航する、以上だ」
かくしてブリーフィングが終わり、自由時間となった。
とはいえ、やる事がない。
下手に荷物も解けないないし、やる事が限られてしまう。
「あ、そうだ。今のうちに過去の配信とか見ておかないと」
これはいつの時代もそうだが、軍事行動は逆探知なんかを避けるために、厳重な情報統制をされるものだ。
無論今回も例外はなく、<サジタリウス>が出航してしまえばラジオを聴くはおろか家族にだってメールを送られなくなる。
仮にも傭兵であるヘルマンは、当然理解はしている。
そう、理解はしているのだ。
だが同時にオタクである彼にとって、それは死活問題なのだ。
ではどうするか。簡単だ。
今残された時間を使って、己が敬愛し信仰するきさらをこの目に焼き付けることだ。
完全に危ない何かをやっている人間の思考だが、それをツッコミを入れるものは誰もいない。
とにかく前は急げ。直ちに部屋に向かわないといけない。
そんな馬鹿な思考を巡らせながら、彼は若干挙動不振になりながらも急いで自室へと向かった。
部屋は思っていたよりも広かった。
ベットはシングルサイズのがあるし、コンソール付きの作業用の机もある。
普段受けている依頼でも戦艦に乗ることはあるが、そもそも個室なんてないし酷い時なんかはコックピットで寝泊まりするなんてザラだ。
ヘルマンは壁にコンコンと叩いて防音であるか、家具やシーツの間に盗聴器がないかを確認し、彼は儀式の準備を始める。
まず端末と小型スピーカーを取り出し、同じ持参したケーブルと作業机に繋げる。
コンソールを操り、ホログラムでできたモニターが生成する。
『はぁい! はぁい! lovely!!』
すると画面の向こうでは、きさらが楽しそうに歌って踊っていた。
ヘルマンは小さくほくそ笑むと、どこからか『きさらLOVE』と書かれた鉢巻とSOS用のスナップライトと称した青いペンライトを装備し━━━━
「きさらあああああああああああ!」
と魂の叫び声を上げ、華麗なOTAGEIを繰り広げ始めた瞬間だった。
プシュと空気が抜ける音が聞こえたかと思えば、スライド式の扉が開かれてしまったのだ。
その向こうでは記憶に新しい、金髪の少女が立っていた。
少女は大きく目を見開き、完全に固まっていた。
一方のヘルマンは、顔をペンライトよりも青ざめさせ大粒の汗をダラダラと流していた。
数秒後、再起動した少女は言葉に詰まらせながら言った。
「えっと、その……いいご趣味ですね」
「な、なな、ななななななな……!」
そう苦笑いを作りながらようやく言葉を絞り出した少女の言葉に、ヘルマンの中での羞恥心が我慢の限界を迎えた。
「いやああああああああああああああああああああ!」
傭兵くんは配信が見たい! とりマヨつくね @oikawanaoki
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