自動車の要らない星
半ノ木ゆか
*自動車の要らない星*
ある惑星に、大勢の技師を乗せた宇宙船が着陸した。その星は、地球にそっくりだった。彼らのふるさとと同じように、山や谷がたくさんある。暑い地方にはぬかるみが広がっていて、寒い地方には氷が張っていた。そして、地球人によく似た、賢くて器用な二本足の生き物が暮していた。
地球人たちは、荒原にある村を訪れた。この星の人々は、石や土で道具を作り、川の生き物や果物を食べて生きているようだ。
「あなた方にお見せしたいものがあります。村の人々を集めていただけませんか」
地球人の代表は現地の言葉で、村長に伝えた。
広々とした原っぱに老若男女が集められた。目の前には一台の自動車が置いてある。宇宙船に積んであったものだ。村人たちは、興味深そうにそれを眺めている。
地球人の代表が自動車に乗り込む。程なくして、あらかじめ決めておいた走路を自動で走りはじめた。急に動き出した見慣れない物体に、はじめは、怖がって逃げ出す者もいた。彼らが見たことのある、陸を走り回るものと言えば、獣くらいのものなのだ。
しかし、しばらくすると、これが便利な乗物であることが伝わったようだ。現地の人々は手を叩き、大きな歓声を上げた。
自動車を降り、地球人の代表は演説した。
「我々は、地球という遠い星からやってきました。地球には、この自動車のように便利な仕掛がたくさんあります。あなた方に、その智識をお伝えいたしましょう」
たくさんの拍手に迎えられて、地球人たちはすっかり
希望者に工学のいろはを学ばせると、さっそく、この星で自動車製造がはじまった。彼らは初め、習った通りに自動車を造っていたが、やがて、いろいろな工夫を施すようになった。無駄を省いた、効率的な仕組を作ることに長けていたのだ。今まで思いもよらなかったような欠点を見つけて、みるみるうちに自動車を改良してゆくので、熟練の技術者たちも本当に驚かされた。
別の日には、山に隧道を掘る方法や、谷に橋を架ける方法を教えた。ぬかるみに
もちろん、上手くいくことばかりでもない。この星には、鹿や馬などの獣に似た、身軽で可愛らしい生き物がいた。そのすらりとした脚は、この星の地形によく適応していて、岩山でも沼地でも氷の上でもすばしっこく駈け回れた。この獣が工事現場に飛び込んできては、人懐っこく絡んでくるので、みんなはその度に仕事を中断しなければならなかった。
荒原に、小さな街が出来つつあった。水産物を積んだトラックが、窓の外を忙しそうに通り過ぎる。果物のジュースを片手に、地球人たちは工場の事務所で語り合った。
「車輪は、地球が誇る素晴しい発明です」
若い技師が言った。
「大昔は、車輪を持つ国が車輪を知らない国に攻め込み、むごい戦争をしたそうですね。ですがこれからは、自動車は平和のために使うべきでしょう。この星の人々は、それを鮮やかに成し遂げてくれました」
地球人の代表も深く頷いた。
「もう、彼らに教えることは何もない。我々がいなくても、きっと素晴しい世の中を作ってゆくことだろう」
その時、青空に爆音が鳴り響いた。壁にかけてあったカール・ベンツの肖像がかたむく。
外に飛び出し、彼らは目を丸くした。道が、ダイナマイトでこなごなに砕かれていたのだ。その上を、数台の見たこともない乗物が動き回っている。上半分は自動車に似ていたが、車の代りに、すらりとした四本の脚が生えている。
「その機械は何ですか。なぜ、道を壊すのです」
地球人の代表が声をかける。脚の動きは滑らかで、でこぼこした地面でも乗りごこちは良さそうだ。座席にいた若者が、機械を止めて答えた。
「これは、私たちの発明した乗物です。
地球人たちはさみしそうに、口々に言った。
「せっかくの車輪を、どうしてなくしてしまったんですか」
「道は、自動車が走るために必要なものです。あなた方の役に立っているではありませんか」
若者は困ったように微笑み、地球人たちの言い分を聞いていた。彼は一つ頷くと、こう答えた。
「確かに車は、速く走れる素晴しい仕掛です。ただし、平らで硬くて程よく滑らかな場所でないと、上手く動きません。でこぼこでずぶずぶでつるつるなこの星の地形には、まるで向かないのです。何百年もかけて、星中に道を張り巡らせなければいけないのは、やはり使い勝手が良いとは言えないでしょう。どうして、獣のように足で駈ける乗物を、発達させようとなさらなかったのですか」
地球人たちは、返す言葉が見つからなかった。
自動車の要らない星 半ノ木ゆか @cat_hannoki
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