名もない君
藤樹
第一話 天龍仙国
天龍暦××××年――
彼女の周りにはいくつもの
まだ暖かい
「待っていて」
「ぇ……?」
「必ず、君を迎えに行くから」
まだ幼さの残る青年の頬が煤に汚れている。
行かないで、という言葉は音にならないまま急な息苦しさを覚えてもがく。呼吸ができなくなって
ああそうだ、これは――
「ッ! は、はぁ……また、夢……」
* * *
大陸の中央に位置する〈
ここは、
現
宮廷では
修士として与えられた仕事は、本来なら出れるはずのない外廷の、とある官吏の下。既にいくつか宮廷の外まで出向いたこともある。
もちろん官吏のお付きとしてだが、他の妃嬪に比べてかなり自由のきいた身分であることは明白で――あまり目立たないようにと官吏の住まう棟と、私室を行き来できる扉を設けてもらった。
これは仙術を用いた陣法で、法力がなければ通ることができず、また記録した法力以外を弾くことができるため、通れるのは配置した官吏と
「失礼いたします。おはようございます」
「おはよう
「はい、お陰様で……」
部屋に入ってすぐ、彼女に声をかけてきたのは宦官の
「
「はい、承知しました」
墨を擦り、筆が踊る音だけが響く部屋の中でふと、
「
「あれ、言ってなかったっけ。修士の部隊は〝一応〟兵部の所属でね、定例会議には必ず呼ばれてるんだ」
若い官吏だと思っていたが、彼は相当な地位にいるらしい。
ただの修士ではないと思っていた
「上位の方がなぜ、私のような女修士を選んだのですか?」
「
「そうでしょうか」
「特に君の
それは、仙術の師が凄い人だからだと、
「君の家のことは知ってるさ。本当は、俺と同じく没官で後宮女官として働かされるところだったのを、とある仙人さまが引き取って育ててくれたってね。とても幸運なことだと思う」
「はい。宗家こそ潰れたものの、私は恵まれていると思います」
あそこでの生活は、それこそ
――彼女はあの家の本当の娘ではない。赤子の頃に拾われた養子だったのだ。
幼い頃はそれなりにいい待遇を受けていたが、成長するにつれて宗主からいやらしい視線が向けられていることに、当時の少女は気づいていた。
あの夜。まだ未熟な少女を、下衆な笑みをたたえた宗主が強引に部屋まで連れ込み、事に及ぼうと衣を剥いだ、その時。天罰が降ったのだと思った。
「君を後宮という閉鎖された場所に献上したのは、きっと仙人さまの善意だと俺は思うなぁ」
「そうだと、いいのですが」
拭えない腕の感覚に慰めの手を重ねながら、
「
「また
「
「まあまあ。早朝からお呼び立ててお疲れでしょうし、午後からでも間に合いますでしょ」
会議が終わったのだろうか。ガヤガヤと人が波のように行き交い、宮廷内は途端に騒がしくなる。
衣の色を見るにそこそこ位の高い人たちなのだろうが、品格もなく随分と大股で歩く者もいて、近くを通った女官が形容し難い顔で睨んでいたのを窓越しに見てしまった
そんな人波の合間を縫って棟の門をくぐってきた男に気づいた
「おはよう
「おはようございます主。ご機嫌斜めですね」
「おはようございます
「
邪魔をしないように椅子へ座り直した
・
名もない君 藤樹 @fsgnaki
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