第11話

 だがそれと同じくらい、まだこのサークルに入る決定打がないようにも感じられた。


 そもそもサークル費用はいくらかかるのだろう。

 相場がわからないが、高校の部活のように毎月徴収されたらたまらない。


「あの、このサークルってどれくらいお金がかかるんですか?」


 素直に聞くのが吉だろうと、正宗に確認してみる。

 すると彼はポリポリと塩キャベツを頬張りながら、少し考えるように頭をひねった。


「大体週に一度か、二週に一度集まって居酒屋に繰り出すだけだから、毎月一万円もあれば足りると思うぞ。ただ、その集まりも絶対参加ではないから、来れる時だけ来てもらえれば問題ないぜ」


 毎月一万円は、仕送り無しの学生にとっては痛い出費になる。

 家賃が五万円、光熱費で一万円、食費を切り詰めて二万円。それだけで合計八万円だ。おそらく仁が自由に使える金は月一万円ほどになるだろう。

 それを全てサークルに突っ込むかと問われれば、そう簡単には頷けない。


 脳内でそろばんを弾きつつ、ファジーネーブルと先程追加されたお冷を交互に飲む。

 金銭的に厳しいということで黙っているのではなく、喉が渇いているだけと勘違いしてくれるのではないかという期待を込めて。


「あ、でも大抵のサークルって新入生は仮入期間があるって聞かない? 私達、まだ一年生を入れたことないけど、仁君もそうしてみない?」


 閃いた、と柚子佳がポンと小さな手を合わせる。他の三人もその制度を知っているのか、その手があったと目を光らせる。


「そうそう、その期間は無料でサークル参加できるんだよな。で、気に入らなければ入りませんって言ってもらえれば大丈夫なんだっけ」


 クーリングオフ制度が大学のサークルにもあるのかと、たまげた気持ちで四人の様子を窺う。

 周りに流されて入りたくないサークルに参加する生徒が、大勢いるのだろうか。


「うーん、じゃあこの一ヶ月はタダでサークル来てもらって全然構わないぞ!」


 異論はないよな、と周りをグルリと見渡す正宗に、他の三人が頷く。

 仁の費用は、上級生が持つと言ってくれているのだ。


 恐れ多いが、非常にありがたい申し出だ。一度断るのが美学なのかもしれないが、正直なところ仁には願ったり叶ったりの状況である。


「本当にいいんですか?」


 念の為おずおずと切り出すと、風磨がフンスと鼻息荒く返してくる。


「気にすんなよ。俺らにとって、初めての新入生なんだからこのくらい当然だろうが」

「一人の呑み代なんて、たかが知れますしね。この仮入期間で本加入の意志を固めてくれたら万々歳ですよ」


 ポンポンと、古賀が優しく仁の肩を叩く。

 最初に出会った正宗だけでなく、柚子佳も古賀も風磨も、皆が仁に対して等しく丁寧に接してくれる。その距離感が居心地よく、もう少し彼らと一緒にいてみたいと仁に思わせた。


「それなら、お言葉に甘えてもいいですか。本加入じゃなくて恐縮ですけど」


 正宗は仁の言葉を耳にした瞬間、屈託のない笑みを浮かべ、スッと太くたくましい手を差し出してきた。

 何事かと思えば、入学式の時同様にそのままグワシと手を握られる。

 上下に激しくブンブン振られる腕と共に、彼の笑顔も激しく輝きを増した。


「気にするな! その言葉だけで十分だ!」


 飛沫がかかりそうなほどの勢いだ。

 腹の底から出された声に失笑しつつも、既にこの益荒男に安心感を抱いてしまう。

 

 やはり彼は裏表のない、本当に単純に酒が好きな男なのだろう。仲間が増えただけで、こんなにも喜んでくれるのだから。


「うわぁ、嬉しいね。それなら早速また来週の水夜に集まろうよ」


 ぱちぱちと手を叩いて喜ぶ柚子佳にも、自然と笑みを返せる。


 最初はこの美女のことしか頭になかったが、今ではこのサークルそのものと向き合える気がする。それに彼女は今も正宗の肩にピタリと寄り添っていて、仁の入る隙間はない。

 ここまでわかりやすいと、諦めもつくものだ。


「事務連絡するためにも、このサークルのグループに招待しておきますね」


 古賀がサッとスマホを取り出し、仁に向き合う。


 お互いの連絡先を追加すると、仁の画面に古賀のアカウントのアイコンが現れた。暗闇の中で光る眼鏡のイラストで、独特の趣がある。


「俺にだって、いつでも連絡くれていいからな」


 先程の水が体に染みてきたのか、飲み会開始時のように言葉数を減らした風磨が、そっけなくスマホを差し出してくる。人見知りと言っていたが、連絡先を交換してもいいと思われるレベルには達したのだろうか。


 代わる代わる仁に話しかけてくる先輩に返事をしながら、仁はこれから先のサークル活動に思いを馳せる。


 大学入学早々、思いがけない出会いがあって、今まで縁のなかった世界を知ることができた。でもこれは序章に過ぎない。

 きっとまだ仁の知らない奥深い領域があって、そこに正宗たちが連れて行ってくれるのだろう。


 そんな未来を夢想するだけで、仁の胸は高鳴るのだった。

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飲みゲー文化保存サークル 大藤晴希 @mentailover

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