奇病
@mikinokuroreki4
第一話
むかしむかし、歌が好きな男がいました。
素晴らしい歌声を持ち、多くの人々の期待に応えました。
いずれは、歌で生活を賄うのが夢でした。
しかし、その男は曲を作る才能がありませんでした。
なので誰かの歌を歌うことはできても、自分の気持ちを曲にすることができませんでした。
自分の曲が作れないことに絶望した男は、せめて音楽家であるうちに
自ら命を絶とうと思いました。
男が命を絶とうと思った時、そこにふと女がいました。
女もまた、身を投げるために男と同じ場所に来たのです。
女を見て、男は女に聞きました。
音楽をしてみないか?と。
特に理由はありませんでした。
慈悲でも共感でもなく、ある種の癖のように発したものでした。
男は、女に音楽を教えました。歌い方を教えました。曲の作り方を教えました。
するとどうでしょう。
女は才能が開花し、みるみるうちに音楽家として成長していきました。
彼女はありのままに自らの心を歌にし、それを自らの声で響かせました。
多くの人々を虜にし、羨望の対象となりました。
しかし
女が音楽で成功するうちに、男の心は日に日に死んでいきました。
もう歌う事はせず、女に自らの音楽のすべてを委ねた日々。
腰巾着というのもはばかれる、醜い有様。
それは、音楽家のまま自殺しようとした、あの時の方がまだマシだと思ってしまうほどでした。
男はある日、その思いを女に吐露しました。
もう死にたいと。
これ以上恥をかき続けたくないと。
すると女は言いました。
音楽家としてのあなたが私に授けた、この技を私が受け継ごう。
あなたが死んでも、私があなたのぶんを生きよう。
音楽家としてのあなたを、私が成してやろう。
と。
すると男は、久しぶりに晴れた気分になりました。
ならばお前に私を託そう。私の歌を永遠に歌ってくれ。
と。
男と女は、そこで初めて笑い合いました。
女はそれから、男の分とでも言うように、今まで以上に歌いました。
歌って茹だって、歌い続けました。
絶えず耳から自分の声が消えないように。
一切の後ろ指を指されないように。
気がつけば、聴く人がいない時でも歌っていました。
夜中にも歌うので、隣の家からは苦情がきました。
山の奥に引っ越せば、寝る間も惜しんで歌いました。
声がかすれ、のどが赤くなっても歌いました。
とうに聞くに堪えない声になっても、歌いました。
踏みつけられた鼠の出すような声で、歌いました。
声すら出なくなっても、穴の開いてない笛のような音で歌いました。
女は死ぬ間際、こう思いました。
私が死んでしまう。歌を途絶えさせてしまう。
それでは男との約束が果たされない。男が死んでしまう。
それだけは、あってはならない。
遂に女は、今際の際まで歌い続け、息絶えました。
男の願い、呪いとも言うべき言葉を最後まで守り、息絶えました。
男の願いは、女一人が受け止めるには重すぎたのです。
男の託した願いは女の中で呪いとなり、
女の中で消化できなかった呪いは、やがて病となりました。
女の住んでいた村には、奇病が蔓延しています。
常に歌い続ける病です。
やがては眠りも食事も忘れ、声が掠れても歌い続けます。
そして、苦しみのたまった末に死ぬのです。
病に耐え切れず自ら舌を切り落としたり、耳をそぎ落としたり、首を掻っ切ったりする者もいました。
自らの内側さえ見たことない人の、稚拙な抵抗の傷跡は
とても醜いものでした。
私は今、最近聞いた曲を口ずさみながらこの文を歌っています。
俺には、曲を作る才覚がない。
センスが乏しいんだ。
俺の先生は
「知識もあるし声も良い。しかし、曲を作る才能は皆無だ。」
そう俺に向け言った。
これだけ努力をしたのに。
これだけ歳を取ったのに。
ここまで来て夢を諦めるのは、耐えがたい。
ならば
誰かのセンスを奪えばいい。
俺は体を抜け出し、魂だけになってしまえばいい。
いや、もはや魂すらいらないのかもしれない。
必要なものは、俺のこの、努力で培った知識だ。
センスの前では到底無価値に想える、
時間さえあれば誰でも手に入れられる情報だ。
俺は、俺の原型がなくなろうとも足掻いてみせる。
誰かに移ってでも、やり遂げてみせる。
そうでもしないと、割に合わない。
そうだ、この気持ちは呪いにしてしまおう。
そうすれば、言葉や願いよりも誰かの深くまで沁み込んでくれる気がするから。
あわよくば、俺の呪いが沢山の人に広まればいいのに。
俺は音楽家だ。意志さえなくなっても音楽家だ。
こんな考え、まともじゃないのは分かってる。
生まれついての性なのか、どこかで拾った病気なのかは分からないけれど
もう、こうする他、俺にはない。
そうだ、最近知り合ったあの女
まずはあの女に呪いをかけよう。
奇病 @mikinokuroreki4
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