第6話

 次に気がついたとき、チヒロの体の痛みは不思議と消えていた。

(いよいよ死んだか)

 周りを見回してみれば、アオイを助けに駆け下りてきた階段が目の前にあった。

 チヒロとアオイは壁に寄りかかるようにして座っていて、隣同士でその身を預け合っていた。

「寝ぼけてるみたいだから一応言うけど、天国でも地獄でもないわよ」

「……別に心が読めるって訳じゃないんだったよな?」

「流石の魔女サマでもね」

 アオイはそんな風に笑って言う。

「あんたが助けてくれたのか? 魔法で」

 チヒロは脱力感の中で、ふと思いついた疑問をアオイに投げかけた。

 するとアオイは気まずそうに頬をかき、答えた。

「それはその、まあ、そうなんだけど……」

「だけど?」

「他人の傷を治すのは初めてだったから、仕方なくなんだけど。その、怪我を治す魔法って、その人の本来保っている治癒能力を促進させることで傷を治すのよ」

「ええと……それと、今の話に何か関係が?」

「うまくやる人は最低限の消耗で済ませるの。だけど私はその、そうじゃないから……」

 要領を得ない話し方を続けていたアオイは、いよいよ一息つくと白状するように続けた。

「あなたの寿命、半分くらいにしちゃった、かも……」

「半分!?」

 思わず声を上げる。

「……いや、まあ、あそこで死んでいたよりはずっと良いさ。それに、スカベンジャーなんていつ死ぬかも分からない仕事だしな」

「それはそうかもしれないけど……ごめんなさい」

「謝らないでくれよ、これで二回も命を助けられたんだ」

 借りが増えたな、と、チヒロは小さく呟いた。

「動けるか? あんまりゆっくりしてると、追手が来るかもしれない」

「あんたこそ。私は大丈夫よ」

 チヒロは頷くと立ち上がって、アオイの手を取った。小さい手だった。ひとりジェネレータに繋がれていた恐怖が未だ残っているのか、その手はかすかに震えていた。

「一緒に行こう」

 チヒロが言ったのはその一言だけだったが、こくりと頷いたアオイの手の震えは、次第に収まっていくのだった。


 不思議なことに警備の配置が変わっていて、チヒロとアオイはすんなりと建物から抜け出すことができた。ムカイの差し金かもしれない、とチヒロは思ったが、それもただの推測でしかない。あいつには悪いことをしたなと思いつつ、チヒロは小さく彼の将来の無事を祈った。


 外に出ると、陽は半ば昇りかけていた。オレンジ色の光は、薄いエーテルにゆがんで赤や黄色へと散逸する。暖かいな、とチヒロは呟いた。

 流石にコロニー内では何人かの人間とすれ違うこともあったが、特に事情を説明する必要もなかったので

「すまん、追い出されたんだ」

 と短く答えるだけだった。本当だったんだ、と驚く者もいれば、頑張れよ、と声をかけてくれる者もいた。一方でアオイが魔法使いであることを知ると、訝しむ目つきで見てくる者もいたが、彼女を恐れてか危害を加えてくる者はいなかった。


「確かこの辺に隠したんだよな、俺のバックパック……あったあった」

 コロニーから離れ、いくらか歩いた先で、チヒロは自分の荷物を回収した。幸い中身は荒らされておらず、追放された当初のままの荷物が収まっていた。生活に必要なものは少々心許なくなったが、今のチヒロはそれを憂うことはなかった。

「俺には魔女サマがついてるからな」

「……? 何の話よ」

「なんでもない。これからはあんたにもキビキビ働いて貰わないと困るってだけさ」

 えーっ、と不服そうに鳴くアオイを尻目に、チヒロは瓦礫だらけの丘を歩き出した。

 くるくるとその表情を変えるエーテル色の空は、今日はなんとなく微笑んでいるように感じた。

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アフター・エーテル jimixer @jimixer

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