怪談作り話
浅見あざみ
第1話 生き霊とその本人を同時に見た話
これはある女性の方が大学時代に体験したお話です。
その方は少し霊感がありまして、お祓いとか除霊とか、そういったことは出来ないまでも子どもの頃から霊がみえる体質でした。
ただ別にそのことを誰に言うでもなく(家族には伝えていたようです)過ごしていたんですね。
ですが大学に入り、ポロッとそのことを友人に話したところ、その友人が口が軽かったようで皆に吹聴しあっという間に大学中に知れ渡ってしまったそうです。
それからは毎日のように誰かが彼女のところにやってきました。
「背後霊とかついてない?」
「この前心霊スポット行ったんだけど、取り憑かれてないかな?」
彼女は大層辟易しましたが、もうバレてしまったものは仕方ないので事前に除霊は出来ないということをキッパリと伝え、霊視というのでしょうか、その人に何か憑いているかみてあげていたんですね。
とは言え、毎回本当のことを言うわけではありませんでした。
たまに明らかに悪意を感じる霊を引き連れている方もいたようですが、彼女にはそれを祓えません。
ですが事実を伝えればどうにかしてくれと言われることは明白。
ですから適当にはぐらかすことも多々あったようです。
そんなある日、またいつもと同じようにある女性が彼女のところにやってきました。
その女性をAさんとします。
Aさんは小柄で、それに比例するように声も小さく大人しそうな方でした。
彼女と同い年のAさんもまた彼女に霊視をお願いしてきました。
ただみてほしいのは自分ではなく『自分の家にいるやつ』だと言います。
この自分の家にいるやつというのは、Aさんの言葉そのままだそうです。
つまりは家に来てほしいということですね。
彼女はちょっと躊躇いました。
流石に家に行くとなると適当に切り上げて帰るということも難しそうだったからです。
ですがAさんに「みてほしいのはそいつだけだから、みたらすぐ帰っていいから」とゴリ押しされ、しぶしぶAさんの家に行くことにしたんです。
そして週末、Aさん宅の最寄りの駅で待ち合わせをし、Aさん宅に伺いました。
至って普通の、あえて言うなら祖父母の世代に建てたんだろうなと想像できる外観の一軒家だったそうです。
敷地に入ると、庭先の縁台におじいさんが座っているのが見えました。
彼女は挨拶しようと思い、そちらに向かおうとするとAさんにぐいっと腕を引っ張られそのまま玄関に入れられました。
彼女がどうしたの?と訊くとAさんが
「ごめんね急に引っ張って。でもあれと話さなくていいから。」
と言います。
あのおじいさんはおそらくAさんの祖父なのでしょうが、まるで人間じゃないような言い方をします。
ここまで聞くとまるでこのおじいさんが実は霊なのか?と思うかもしれません。
ですが霊感のある彼女には、そのおじいさんが紛れもなく生きている人間だと分かっていました。
怪訝に思いながらもお邪魔します、と家に上がらせてもらいました。
奥の部屋からAさんのお母さんが顔を出し「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。」と言われ、そのまま二階のAさんの部屋に案内されました。
Aさんの部屋にはアニメやゲームでしょうか、ポスターやグッズなんかがあったそうですがそれらを眺める暇もなく窓に直進していったAさんに手招きされました。
Aさんは窓の下を見下ろしています。
その視線の先には先ほどのおじいさんがいました。
今度は立って庭の植物を見ているようでした。
「この距離でも霊視できる?」
Aさんが尋ねてきました。
彼女がうんと答えると、「じゃああれを霊視してくれない?」とAさんに頼まれました。
彼女は霊視を始めました。
と言っても何か特別な道具がいるわけでもなく、ただ彼女は常日頃から霊を見るのは嫌なので普段は気を張って霊感を自身の内側に閉じ込めているのだそうです。
それを解放すると霊が見えるんですね。
彼女はいつもと同じように気を緩めました。
その瞬間彼女はぞっとして固まってしまいました。
確かにおじいさんには生き霊が憑いていました。
でも生き霊自体は珍しくありません。
彼女が動けなくなったのは、そのものすごい形相でおじいさんを睨みつける生き霊に見覚えがあったからです。
いや、見覚えがあるどころか、その生き霊は今正に自分の隣にいるAさんだったのです。
彼女は絶句してしまいました。
今まで生き霊は何回か見てきましたが、それを出している本人を見たことはありませんでしたし、もちろん両方同時に見たこともありません。
しかし強い憎悪の念を感じるその生き霊は間違いなくAさんです。
「どう?なんかいた?」
Aさんが訊いてきます。
彼女がなんと伝えようか迷っていると続け様にAさんが
「私の生き霊とか憑いてない?」
と訊いてきました。
えっ、と彼女はびっくりして思わずAさんの顔を見ました。
もしかして自覚があるのか?と。
確かに思えば最初から変でした。
普通霊視をお願いしてくる人たちは皆最初は自分なんですよね。
その後友人やら恋人やら兄弟やらも見てくれ、と来るのが常でした。
でもAさんははじめから自分のことなどお構いなし、家に来てくれとお願いしてきました。
自分が飛ばした生き霊が本当にいるのか確認してほしかった?
もしかしてAさんは故意に生き霊を飛ばしてる?
そんなことが可能なのか分からないし、そもそもAさんが誰かを恨んで生き霊を飛ばすような人には見えませんでした。
なおも言い淀む彼女にAさんは少し申し訳なさそうな表情で
「いいよ本当のこと言ってくれて。」
と言います。
Aさんが生き霊を飛ばしてるなんて信じられず、しかしもしそうなら嘘は吐かないほうがいいだろうと彼女は正直に伝えました。
「うん、多分Aさんの生き霊が憑いてると思う…。」
すると彼女が言い終わらないうちにAさんはチッと舌打ちをしました。
彼女がやっぱり本当のことを言うのはまずかったかと焦っていると、Aさんはおじいさんを忌々しげに睨みつけながら
「それなのに死なねーのかよ。」
と吐き捨てました。
彼女はそのとき生き霊とAさんが同一人物だと認めざるを得ませんでした。
おじいさんを見下ろすAさんとおじいさんのすぐそばにいる生き霊、どちらも全く同じ表情をしていたからです。
彼女は初めて、生きている人間を見て恐怖を覚えたそうです。
でもすぐにAさんは元の表情に戻り
「除霊はできないんだよね?」
と確認してきました。
彼女が頷くと
「余計なことしないでね。」
と念を押されました。
そのときのAさんは表情こそ穏やかなものの、目は笑っていませんでした。
結局その日は滞在時間10分ほどでしょうか、座ることもないままAさん宅をあとにしました。
その後も大学内で何回かAさんを見かけましたが、特に話すことはなかったそうです。
あの生き霊はまだいるのか、おじいさんはどうなったのか、そもそもどうして、Aさんはあそこまでおじいさんを恨んでいるのか—。
それは彼女にも分からないそうです。
怪談作り話 浅見あざみ @Hunnybee3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。怪談作り話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます