ー2ー

「その人との出会いは、小学生の頃でした。その学校には僕が転校してきたあと、しばらくして彼女が転校してきました」


 男は頷きながら聴いている。


「友達がいなかったふたりは、すぐに打ち解けて仲良くなり、いつでも一緒にいるようになりました。それは周りの子どもたちからは、からかわれましたよ、でも、そんなの気にならないくらい、ふたりでいるときが楽しかったんです」


 僕は少し間を置いてから続けた。


「そのままふたりで中学へ行くんだ、と思っていました。楽しい日々がずっと続くんだって疑いもせずに。でも、中学へ入学する直前に、彼女は転校してしまいました。転校する彼女に、僕は想いを告げられず、彼女の想いも聞くことが出来ませんでした」


 男は深く頷いた。僕は続けた。


「僕ら転勤族の子どもには、故郷が無いんです。強いて言うなら、思い出の場所が故郷のようなものです。でも、むしろ思い出が強すぎて、そこには住むことが出来ません。僕も、別の場所に住んでいますが、今日は思い出の場所に来ています」


 男は軽く首を傾げながら「この辺りですか?」


「はい、町外れの小学校が、その人との思い出の場所です」


 男は、何度も頷いていた。


 僕は、こんな話を誰にもしたことが無かった。ずっと心にしまい込んでいた。

 彼女への想いを閉ざしたまま、ずっと生きてきた。

 ずっと前の出来事なのに、ずっと心の奥底に居座っていた。

 それでは駄目だと思った。

 一度、区切りをつけたいと思った。

 だから僕は手紙を書こうと思ったんだ。


「ひとつ、聞いてもよろしいですか?」

 はい、と答えると男は続けた「そのお相手の方のご住所は分かっていらっしゃるのですか?」


 僕は軽く笑い、そして答えた。


「いいえ、どこに住んでいるのかも、生存しているのかも知りません」

「では……」

 言いかけた男の言葉を制すように、僕は次の答えを言った。


「僕には、彼女への想いを書く時間が必要なのです」


 男は少し間をおいてから、「かしこまりました」と言って、タブレットを操作してからカウンターの下から番号キー取り、差し出した。


「ありがとう」


 番号キーを受け取り示された扉の方へ歩きだすと、後ろから男の声が聞こえた。


「ごゆっくり、想いのすべてをお認めください」


 僕は振り返らず、扉を開けた。



おしまい

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手書きの手紙 にっこりみかん @nikkolymikan

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