手書きの手紙

にっこりみかん

ー1ー

 ”書く時間”という店に来た。

 集中して書けるカフェなどを検索していて、ここに辿り着いた。

 書き物をする客に合わせた部屋を貸してくれるという、一風変わった店だ。


 僕は手紙を書きたかった、それも手書きで。


 このご時世に珍しいかもしれないが、この想いは、手書きの手紙でないと伝わらない気がしていた。

 そして、この店がこの地にあったことにも、なにかの縁を感じていた。


”カランコロンカラン〜”


 書く時間の扉を開けると、昔懐かしい鈴の音がした。


 入り口の左側に扉が一枚と、右側にはカウンター、その奥からホテルのコンシェルジュのような男が出てきた。


「書く時間へようこそ」


 丁寧にお辞儀をするその男に、予約を入れた者だと伝えた。


「お待ちしておりました。それでは早速、お部屋をご用意致します」


 男はカウンターにタブレット端末を置いた。画面は奥に傾いているので僕からは何が表示されているのかは見えない。


「最適なお部屋を準備するために、少しお話を伺ってもよろしいですか?」


「ええ、構いませんよ」


 そう応えると、男は「ありがとうございます」と軽く会釈をして質問をしてきた。


「今日は、どのようなことを書きにいらしたのですか?」


 僕は正直に話そうと思った。なるべく僕に合った最適な部屋になるように、という理由もあるが、なぜか正直に話してもいいと思わせる雰囲気がこの男にはあった。


「実は、手紙を書きに来たのです。手紙で告白したいと思っています。しかも手書きの手紙で」


「ほう、それはいいですね」

 と、軽く応えた男はこう続けた「想いを伝えるには、手書きに限りますからね」


 そう、手書きじゃないと、駄目なんだ。


「しかし」

 男はやんわりと否定して続ける「昨今、手書きは想いが伝わり過ぎて、重く受け止めてしまう方が多いかと思われますが」


「それはよく理解しています。それでも手書きの手紙が書きたいんです」


「そうですか、出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありませんでした」

 と男は、コチラが恐縮するくらい頭を下げた。


 そして顔をあげ「よろしければ、どのようなお相手にお手紙をお書きになるのか、お教え願えませんでしょうか」


 そう言われ、僕がどこから話そうか迷っていると、すかさず、

「お話難いようでしたら、構いません…」


「いいえ、是非、聴いてください、その方が考えもまとまるでしょうし」


「そうですか、では、お聴かせ願えますか」


 僕は言葉を選びながら話し始めた。



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