陸 泥沼と享楽のマッドネス
「あまてらす……?」
武はふと二人が生徒会長の事をアマテラスと呼んでいた事を思い出した。確かこの聖覇学園の校風を大幅に変え、聖覇学園で最強と謳われ、そして祥太と花音の
「ローゼス!!」
「解っている!!」
二人は阿吽の呼吸で部室内を駆け巡る。祥太は除菌シートを使って応接セットの机を一瞬の内に綺麗に磨き上げ、花音は華麗な手際でティーバッグの茶葉で紅茶を抽出し始める。
「すまないね祥太。取り込み中だったかな?」
「とんでもない。会長ならいつでも歓迎だ」
「紅茶をどうぞ。会長」
「ふふ、ありがとう花音。いただくよ」
女は祥太にエスコートされるがままに上座に座り、花音から差し出された紅茶を一口啜る。綻んでいる横顔からは優しさと威厳さが複雑に絡まっている様に見え、とてもじゃないが目を合わせる事すら許されないのではないかと錯覚する程だ。
「……あの人が生徒会長さん? 学園内最強とかっていう……」
「そうだ。現生徒会長兼風紀委員長、
生徒会長、もとい榎本鳴海の対面に座る祥太。その後ろで控えていた花音に耳打ちされ、武は思わず背筋を伸ばした。まさかこんな美人な方が生徒会長を務め、この二人を鍛えたとされる師匠でもあるのだから改めてこの学園は奇妙不可思議な場所だと感じたのであった。
「……それで、救世の聖剣はどんな感じなのかな?」
「八面六臂の大活躍……とまではいかないが、オレ達は大きな一歩を踏み出せた。その一歩は大きなものと言っても過言ではない」
「其処の新しい子の事だね?」
鳴海が身体を傾かせて武の方を覗き込んだ。まさか此方に目線が向くとは思いもしなかったので鼓動が急に昂り、身体が硬直する。それを見越したのか、花音が優しく背中を押して祥太の隣に侍らせた。
「紹介しよう。シャドウブレインだ。転入したばかりでまだ不慣れな所もあるが、頼りになる新人だ」
「は、初めまして! 僕は――」
「2年Ⅰ組の田中武君、だね。こうして会えて嬉しい限りだよ」
武は思わず目を丸くした。恐らくは初対面の筈なのに向こうは何故か一方的に名前を知っているからだ。その疑問に満ちた瞳に感付いたのか、鳴海は吐き出してしまいそうな言葉を塞ぎ込むべく先手を打ってきた。
「この学園に在籍している全生徒の名前と顔は記憶しておくようにしている。生徒会長だからね」
「生徒会長だから……ですか?」
「あまり深く考えるな。そんな芸当出来るのはこの人だけだ」
「買い被り過ぎだよ。記憶力が人よりほんの僅かに良いだけだよ」
親指と人差し指で小さな隙間を作りながら鳴海は謙遜する。ほんの僅かなワケないでしょうが、と花音は微笑する彼女に畏怖の眼差しと共にぼやいていた。
「……近況も知れた所で本題に移ろう。祥太、今日はだね――」
「断る」
先刻までの和気藹々とした雰囲気が一刀両断される。祥太はいつもの彼らしくなく、鳴海の話の腰を折ってまで拒否した。
「……祥太、せめて最後まで話を聞いてくれないか? 引き受けるかどうかを判断するのはそれからでも――」
「駄目だ。オレ達はアナタの
「……そうか。君達にしか頼めないと思ったのだが……、残念だ。時間を取らせてしまってすまない。わたしは戻るとする」
少し寂しそうな表情を浮かべ、名残惜しそうに残った紅茶を飲み干し終えると鳴海はゆっくりと立ち上がって部室を後にしようとしていた。その悲壮感が漂う背中を、祥太と花音は
「ちょっと待ってください会長さん! 頼み事ならマネージャー担当である僕が聞きます!」
「シャドウ! 待て! 早まるな――!」
「それは罠だ――!!」
武は祥太達の懸命な制止を無視して鳴海を引き留めた。此処で帰らせてしまえば救世の聖剣の名折れもいいところではないか。二人にはガッカリだ。何時でも誰にでも救いの手を差し伸べるが聞いて呆れたものだ。
「……話を聞くだけなのかな?」
「いいえ! 会長がお困りならば救世の聖剣の名に賭けて闇を切り裂きます!」
「武君ホントにやめて! お願いだから!」
「…そうかそうか! 本当に助かる! 色んな所から断られてしまって本当に困っていた所なんだ!」
さっきまでの儚げな表情は何処へやら。鳴海は喜色満面で武の手を包む様に握った。まるで逃がさないとばかりに。
「それで、頼みってなんですか?」
「簡潔に説明しよう。新たに部活動の申請が来たので実際どんな活動なのかを今日一日実体験しようと思っている。私一人では難しくてね……そこで君達を頼って来たというワケだよ」
この学園には色々な珍しい部活動がある事を思い出した。生徒会も人手が足りないという事なのだろう。
「分かりました! 引き受けましょう!」
「ふふ、有難う。――では早速なんだが、これを渡すから更衣室に行って着替えた後、この指定した場所へ来てくれ」
鳴海が手渡したのは三人分の学校指定の水着と、簡易的に地図を記したメモ用紙であった。
「こ、これは水着、ですよね? どうしてですか?」
「直ぐに分かる。では私は待っている」
鳴海はこれ以上何も言わずに部室を後にする。不明瞭が過ぎるので引き止めようとするも、振り返った際の彼女の悪戯な笑みを前にすると、途端に何も言えなくなってしまった。そして後ろに居た祥太と花音は大きく溜息を吐いて頭を抱えていたのであった。
※
「よく来てくれた。嬉しい限りだよ」
依頼主の指示通り、競泳水着に着替えて指定された場所へ向かった祥太達。其処には同じく水着に着替えていた鳴海が濁り切った沼を背後に仁王立ちで待ち構えていた。
「……会長。申請が来た部活動っていうのは」
「ああ、まだ言ってなかったな。泥んこプロレス部だ」
祥太と花音は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。一方で武は何が何だか分からない様子でいた。
「……ところで、この部活の申請者は?」
「うん? 私だが」
「……何でこの部活の申請を?」
「決まっているだろう。面白そうだと思ったからだ」
確か真っ当に普通のレスリング部が有る筈なのにこのふざけた部活動を一蹴しないのには何か理由があるのかと思い、挙手と共に質問する。すると彼女はさも当然かの様に凄く浅い答えを出したのであった。
「……もしかしてこの学園にある色々な部活動を承認したのって」
「会長だ。会長は享楽主義な所があってな……面白そうかそうでないかで行動するものだから聖覇学園の
「学園最強でありながら中身は無邪気で好奇心旺盛な悪童だから我らは勿論の事、生徒会の面々ですら手に余る存在なのだ」
まさかこんな事態に陥るとは思いもせず、軽い気持ちで頼みを引き受けた事を後悔した。
「早速だが試合を始めよう。ではまず最初に田中君。君は見た感じ格闘経験は無さそうだから軽く揉んであげよう」
「ぼ、僕ですか!?」
御指名が入った武は泥で出来たリングに入る。当然の事だが、
「よし行くぞ!」
「ちょ、まだ用意出来てな――」
滑って転ばないように大股で真ん中まで歩くと、鳴海は速攻とばかりに強烈なタックルを仕掛ける。猛牛と錯覚してしまうかの様なスピードとパワーを前に抗える筈も無く、武は泥の中へと倒れ込んでしまい、あっという間に全身が余す所無く汚れてしまった。
「いだだだだ!!! おれっ、折れるうううう!!!」
「どうしたこの程度か!
さっきまでの品行方正な榎本鳴海はもう居ない。其処に居るのは天真爛漫でありながら何処か残虐な少女が無邪気に遊んでいる姿が其所にあった。
腕挫逆十字固で左腕を極められ思わずタップしてしまうもハイテンションの鳴海は一切緩めようとしない。本当に骨が折れそうなので振り解こうとすると、その度に泥が跳ね上がって顔に掛かり、口に入ったりして本当に阿鼻叫喚の地獄だった。
「む、これからだと言うのにもう終わりか。……祥太! 花音! 稽古つけてあげるから順番に来なさい」
秒殺された武は引き摺られ、雑にリングの外へと放り出される。どさくさに紛れて逃げようとしていた二人を見逃すつもりもなく、呼び留めた。顔を蒼褪めていた祥太と花音は互いに目を合わせ、覚悟を決めた後に死地へと向かっていったのだった。
※
「ふむ。面白かったが、片づけが思いの外大変という事が解った。うん、泥んこプロレス部は無しだな! 掃除用具持ってくるから皆は適当に休んでてくれ」
全身泥まみれのまま大の字で
「……ショータ君、カノンちゃん。すみませんでした」
「……気にするな。我らも通った道だ」
「……ククク、序章に続いて一章でも不浄で身を穢されるのがオレの
鳴海会長の頼みは何が何でも絶対に断ろう。そう心に誓った武であった。
闇ヲ斬リ裂ク者~厨二病少年と眼帯少女と影の軍師は学園の救世主となる~ 都月奏楽 @Sora_TZK
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