伍 策略と使命のタクティシャン

「もしもし。……ああ、我だ。――救世の聖剣の首尾はどうだ?」

「電話を使わないで普通に聞いてくださいよ」


 部室に入るなり、直ぐにスマホを手に取り何者かと通話をするフリをして状況を聞き出す花音。格好いい姿を演じているつもりなのだろうが、回りくどいとしか思えない。一方で祥太は彼女の演技に合わせ、彼もまたスマホを取り出して通話を始めた。


「――生憎とこの部室サンクチュアリに到達した静寂を切り裂く者サイレント・ブレイダーは未だ一人としておらぬ。……やはりオレ達が出向いて悪の因果を探すべきではないか? 頭脳担当シャドウよ」

「最初に言ったでしょう。そんな使いっ走りみたいな事しちゃ駄目です」


 生徒会副会長の裁きの雷を受けてしまう羽目になったが、救世の聖剣を大々的に宣伝し終えた祥太達。しかしその戦果は芳しくなく、部室内は閑古鳥が鳴いていた。


「しかしシャドウよ、参謀係である貴公の采配コマンドに従ってはいるが本当にこれで良いのか? 我には無意味な時間ロスト・タイムを過ごしているとしか思えんぞ」

「あのですねぇ、そもそも君達は頼み事を安請け合いし過ぎなんです。当人が自力で解決出来そうな小さな事ですら手を出して一杯一杯になってるじゃないですか」


 入部して直ぐ武が見て取れた事は、そもそも二人が救世の聖剣として活動している事自体認識されていない状態である事だ。つまり今の祥太達はこの聖覇学園で体のいいパシリでしかなく、祥太達が助けている人達は本当に困っているのかどうかも怪しいのである。


 この体制を通し続けるのはまずいと感じた武は、最初に校内の巡回を廃止し、まずは部室に来た依頼人から依頼内容を聞いてから救世の聖剣として引き受けるべきか否かを判断する制度を二人に打診した。するとどういった訳か救世の聖剣のマネージャーに任命されたのである。

 因みに前日の無断で校内放送を使用してまで宣伝し、この方式を全生徒に知らしめようと考えたのも武が考案した事である。


「きゅ、救世の聖剣は何時でも誰であろうと救いの手を差し伸べ、闇を切り裂く秘密結社なのだ! それの何が悪いと言うのだ! 貴公はとんだ薄情者だ!!」

「何でもかんでも手を差し伸べてたら本当に困ってる人を見失ってしまいますよ? それこそ薄情だとは思いませんか?」

「そ、それは……!」


 花音は何も言えず悔しそうに口を噤んだ。二人の衝突を静観していた祥太も概ね武の主張に同意しているらしく、彼女の肩を叩いて宥める。


「ローゼス。オマエの言う事も尤もであるし、オマエの意志ソウルは彷徨える魂を導く黒薔薇の閃光ライトニングローゼスとして素晴らしい事だが、オレ達が闇雲に事を進めるよりも軍師であるシャドウが講じた策の方が戦術的優位タクティカルアドバンテージを感じると思わないか?」

「カノンちゃん。新参者の僕が口出しして生意気だと思うかもしれませんが、此処は僕に任せてくれませんか? 救世の聖剣を良くしたいって気持ちは同じですから」

「……其処まで大見得を切るのならば、我も協力しよう。だがもし失策に終わり救世の聖剣を失楽園まで堕落させた時には! 貴公の二つ名、幻影からの叡智シャドウブレインを剥奪し! 反逆者リベリオンとして罰する故、心して掛かるがいい!!」


 まだ不服そうであったが、何とか花音は受け入れてくれた。初期メンバーである彼女はリーダーである祥太と救世の聖剣に対して思い入れが強い分、視野狭窄で突っ走るきらいがある。それも含めて補佐するのがシャドウブレインの責務である。


「――シャドウブレインの名に懸けて、粉骨砕身の覚悟で臨みましょう」

「おお!! 今のは中々カッコよかったぞシャドウ!! 前世の姿を装うのが勿体無い位だ!!」

「貴公も板についてきたな!! このまま勇往邁進するがいい!! フハハハハ!!」

「あーもう! ちょっと乗っかたらすーぐこれなんですから!」


 ほんの少しだけ芽生えた遊び心と共に祥太達の厨ニ病を模倣してみると、途端に目を輝かせて欲しがり始める。この二人の前で迂闊にシャドウブレインを演じるのは控えようと武は心に決めたのだった。



「……そう言えば聞きたいんですけど、って何ですか?」


 部室内で各々が自由に暇を潰して依頼人を待っている最中、あまりにも退屈だったので武は静寂を切り裂くように二人に問うた。


「オマエは救世の聖剣の頭脳兼参謀兼軍師兼マネージャー担当だからな」

「兼業多くないですか!? ……まぁそれならブレインは分かりますよ? シャドウは何故ですか?」

「それは貴公があまり目立ちたくないなどと意味不明な台詞センテンスを宣っているからだ。だから貴公は救世の聖剣を裏で操る謎多き影の存在、……という感じでプロデュースしていこうと思っているのだ」

「何ですかその黒幕みたいな感じ!? そんなの抜きにして普通に呼んでくださいよ!」


 武の懸命な訴えも二人の前には暖簾のれんに腕押し、豆腐にかすがいといった所だろうか。祥太と花音は互いに顔を見合わせ、理解不能と言いたそうにしていた。


「――解せんな。カッコいいだろう? 何が不服だというのだ」

「何か恥ずかしいんですよ! 仰々し過ぎて名前負けしてる感じ!」

「シャドウよ、救世の聖剣に入ったからには二つ名を受け入れるがいい。因みに我の二つ名、ライトニングローゼスもセイヴァーから直々に賜ったものだ」


 何処か誇らしげな顔を浮かべる花音。そして隣で得意そうに不敵な笑みを浮かべる祥太。悲しいかな、民主主義のこの国では例え相手が二人だけとはいえ、味方が一人も居ないと太刀打ち出来ないものである。


「もういいです! だったら僕も二人の事、ショータ君とカノンちゃんって呼び続けますから!」

「な!? お、オマエ……なんてそんな事を平然と出来る……!?」

「悪魔の所業だ……! 人の心を喪失してしまったのか……!?」

「何でそーなるんですかっ!」


 そんな他愛無い会話を繰り広げていると、部屋の引き戸を開けて入室する者が一人現れた。向かい側に座っていた祥太と花音が身体を傾けて来訪者の顔を確認すると、目を丸くして驚いていた。


「あ、生徒会長アマテラス!?」


 武が振り返ると、其処には長髪を靡かせている長身で鋭い目を持った、凛々しくも毅然とした態度が印象的な女子生徒が此方を見て微笑んでいたのだった。

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