ーー
ハシュル草の成分をしみこませたお香が入っている木箱を持って王城に向かう。
王妃が王子妃教育をしないと分かっているのに、期待を込めた表情をしないといけないのはつらいわ。
「ハルティアお嬢様、今日は大丈夫でしょうか?」
馬車の中でアーニャが心配気な視線をわたしに向ける。
「大丈夫よ、きっと。 今日こそ王子妃教育を受けさせてもらえるわ」
既に王妃のメイドたちによって「わたしの態度が悪いせいで王子妃教育が始められない」と、王城では噂が流れ始めているでしょうね。
そして今日も間違いなく、王子妃教育を受ける態度ではないと言ってすぐに部屋から追い出されるわ。
そして、部屋から追い出されたわたしを見た王城に勤める者達は、その噂が真実だと言い始めるのでしょう。
あぁ、鬱陶しい。
でも、この時間を無駄に過ごすつもりはないわ。
不安げにわたしを見ているアーニャの手を握って笑顔になる。
「心配しないでアーニャ。今日こそ王子妃教育を受けられるように頑張るから」
「ハルティアお嬢様」
わたしの笑顔に、アーニャも小さく笑う。
傍に置いてある木箱を見る。
王子妃教育など、正直どうでもいいわ。
今日の目的の一つ目は、これを王妃に渡す事なのだから。
王城に付き、王妃の部屋に向かう。
ちらちらとわたしを見る視線を感じる。
やはり、既に噂は流れ始めているようね。
コンコンコン。
「どうぞ」
部屋の中から不機嫌そうな声が聞こえ、扉に手を掛けた。
「失礼いたします」
王妃の声では無いからメイドの一人ね。
彼女たちには関係ない事なのに、ずいぶんと嫌われたものね。
王妃の部屋に入ると、鋭い視線を向けて来る彼女の前に行きカーテンシーをする。
「王妃様。本日は、宜しくお願いいたします」
最低限の挨拶でいいわよね。
「はぁ、なんなのその態度は!」
まだ、挨拶だけですが?
最低限ですが、問題はありませんよ?
「時間の無駄ね。帰りなさい。今日はどこにも寄らず、すぐに帰りなさい。あなたが、王子の婚約者だなんって恥をさらすわけにはいきませんからね」
あらっ。
「どこにも寄るな」ですか?
陛下から注意でもされたのかしら?
「申し訳ありません。こちらは、癒されると人気があるお香です。よければお納めください。本日はこれで失礼いたします」
お香をテーブルに置くと、部屋を出る。
扉を閉める時、チラッと王妃の表情を窺う。
ふふっ。
追い出す事が出来て嬉しそうですわね。
本当に、甘いお方。
「ハルティアお嬢様」
すぐに部屋から出たわたしの傍に駆け寄るアーニャ。
「行きましょう」
悲し気に、でもけなげに見えるように気を付けながら王妃の部屋から離れる。
寄り道をせずにと言われているので、第二王子の下に行くのは止めましょう。
会いたくもないですし。
「第二王子殿下にお会いにならないのですか?」
「えぇ。今日は……」
「会えなくて寂しい」と見えるように表情を作るのは少し面倒ね。
でも、周りに王城に勤める者達がいる以上は作るしかない。
「アーニャ。少しだけ、庭で休憩しましょうか」
寂しげに微笑むと、アーニャの表情が悲しげに歪む。
「はい」
二人で庭に向かい、ゆっくりと花を楽しみながら歩く。
「アーニャ、綺麗ね」
「はい。癒されますね」
「本当ね」
わたしは、花に興味はない。
癒された事もない。
でも、花を大切にしている様子を見せるのは大切。
花を愛する人は、優しく見えるそうだから。
王妃の部屋に向かう時より、多くの視線を集めているわね。
これで、私の悪い噂が一気に広まるでしょうね。
「ルーツ公爵令嬢ですか?」
やはり、庭にいたわね。
目的の二つ目は、彼と会う事。
「オースリク侯爵様。お久しぶりでございます。今は休憩ですか?」
オースリク侯爵は、陛下の側近。
そして仕事の合間に、庭で休憩するのよね。
「えぇ、抱えている仕事が一段落したのでね。それより今日の王子妃教育はどうしたのですか?」
「わたしの態度が悪かったのでしょう。王子妃教育はしていただけませんでした」
表情を作るのが面倒なので、下を向く。
でもすぐに、小さく息を吐き出すと顔を上げオースリク侯爵に微笑む。
「次こそは、王子妃教育を受けられるように頑張りますわ」
オースリク侯爵がわたしを見て首を傾げる。
きっとわたしの対応を見て、王妃の判断を不思議に思っているのでしょうね。
「そうか。頑張ってくれ」
「はい。失礼いたします」
オースリク侯爵と別れ、アーニャに視線を向ける。
「帰りましょうか」
「はい」
オースリク侯爵はわたしに会った事を陛下に報告するでしょうね。
陛下はどう動くかしら?
王妃と良好な関係だった前回までは、調べる事もせず彼女の判断を信じた。
でも今回は?
昨日の態度を見る限り、陛下と王妃は良好な関係とは言えない。
それに、わたしは陛下の前でしっかり今の自分を見せた。
オースリク侯爵にも。
だから、わたしの態度が悪いとは判断しないはず。
明日が楽しみね。
わたしを殺した者たちへ やぁみ @honobono55
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