部屋に戻るとアーニャに、コップ一杯の沸騰させたお湯を頼む。

彼女は不思議そうな表情をしたが「分かりました」と部屋を出て行った。


足音が遠ざかるのを確認してから、ギュータスから貰ったハーブティーを確かめる。


「ハシュル草はちゃんと入っているわね」


微かにする独特の香り。

普通は気付かないだろうけど、わたしはよく知っている香りなので分かる。


コンコンコン。


「失礼します。ハルティアお嬢様、こちらでいいでしょうか?」


テーブルにコップを置くアーニャ。

わたしの手に持っている物を見て、首を傾げる。


「ハーブティーでしたら、お入れいたしますが」


「ありがとう。でも、これは別の使い方をするつもりだから」


「そうなんですか?」


「えぇ。着替えるので手伝ってくれる?」


「はい。お風呂はどうしますか?」


「そうね」


テーブルにあるコップを見る。

まだ湯気が上がっている。

必要なのは、沸騰させ冷ました水。

まだ冷めるまで時間が掛かりそうね。


「お願いするわ」


「はい。すぐにご用意いたします」


お風呂の準備をするために部屋から出て行ったアーニャの様子を思い出す。


「楽しそうだったわね」


トラス・カーシュと付き合いだしてしばらくすると、楽しそうだったアーニャの笑顔に少しずつ陰りが見え始めた。

そして、彼女はどんどん堕落していく。


「今回はどうなるかしら?」


わたしが、予定外の事をしてしまった。

もしかしたら、トラス・カーシュはアーニャを利用しようとしないかもしれない。

彼女を利用した目的は「わたし」だったから。


「困ったわ」


コンコンコン


「ハルティアお嬢様、お風呂の準備が出来ました」


「ありがとう」


疲れを取ったら、何か考えが浮かぶかしら。



お風呂に入り、マッサージを受け気持ちはスッキリしたけれど……。


「駄目ね。相手の考えが分からないから、どうすればいいのか分からないわ」


トラス・カーシュとギュータスのこれからの動き次第になるわね。


テーブルに置いてあるコップを手に取る。

既に十分冷めている。


「ここにハシュル草を入れて、一晩置いておく」


これで、ハシュル草の成分だけを流出出来るのだから不思議よね。

しかも数滴だけの使用だったら、調べても他の成分と混ざって検出されないなんてね。


「使う時があるかもしれないと用意しておいて良かった」


部屋にある棚に向かい、心を落ち着かせると言われているお香を取り出す。

少し前から、若い女性たちの間で人気の物。

流行りの物が好きな王妃にぴったりよね。


チラッとテーブルの上を見る。


数滴だけお香に混ぜて使うので、ほんの少し理性を揺さぶる程度。

でも、王妃にはそれで十分。

だって、彼女は欲にとても弱いから。

そして王妃という立場だから、誰にも止められない。


「ふふっ。王妃に送る物は、特別ね」


どんな道化を見せてくれるかしら


「楽しみね」



部屋が明るくなる頃に目が覚める。

ベッドから下り、ハシュル草の入ったコップの様子を見る。


「うまくいったわね」


コップの中の水は、うっすらと青く変わっていた。


お香をテーブルに敷いた布の上に並べ、一個に対して水を五滴垂らす。


「あとは乾燥させるだけね。出掛けるまでに乾くかしら?」


感想具合によっては、今日は持って行けないわね。


コンコンコン。


「ハルティアお嬢様、おはようございます」


アーニャが部屋に入って来ると、テーブルに並んだお香に気付く。


「これは……新しい物を買っておきましょうか?」


間違ってお香を濡らしてしまったと思ったようね。


「大丈夫よ。王妃様に送る特別なお香なの」


「特別なお香?」


テーブルに載っているお香に近付き、香りを確かめるアーニャ。


「最近人気が出始めたお香ですね」


「えぇ、そうよ」


服を着替えながら、アーニャの様子に首を傾げる。

ちらちらとテーブルにあるお香を気にしているわね。


「どうしたの?」


「いえ、その……香りが少し気になって」


恥ずかしそうに笑うアーニャ。


気になる?


「好きな香りなの?」


「はい」


あっ、そうだ。


「一つ、あげましょうか? そうだ、トラスと一緒に使ってみたらどうかしら?」


トラスを通して、彼らにこのお香の効果を知らせる事が出来るわ。


「えっ? 彼とですか?」


頬を染めるアーニャに、笑顔を向ける。


「えぇ、仕事で疲れているでしょうから、気持ちを落ち着けるお香はお薦めだと思うの」


特別だしね。


「いいのでしょうか?」


「もちろんよ」


少し視線をさ迷わせたアーニャは、わたしを見て嬉しそうに頷いた。


「ふふっ。乾燥したら一つ渡すたわね」


着替えが終わると、食堂に向かう。


さて、どうなるかしら?

といっても、トラスにハシュル草は効かないでしょうね。

スパイは、媚薬系にはある程度体を慣らしているはずだから。

そのためお香の効果が出るのはアーニャだけ。


ただアーニャの性格では、ハシュル草の効果が出にくいかもしれないのよね。

ん~、少し不安ではあるけれど試す価値はあるでしょう。

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