賭け
コンコンコン。
「失礼いたしました」
神妙な表情をしたギュータスが、わたしの前に新しいお茶を置く。
ハーブティではなく、アールグレイ。
「ありがとう」
「いえ。では――」
「待って」
ギュータスの行動を確かめる必要がある。
「誰の指示なのかしら?」
わたしの言葉にビクッと体を震わせたギュータスは、床に膝を着けると深く頭を下げた。
「……間違いで――」
「第二王子の婚約者にハシュル草を出しておいて、『間違いでした』で許されると思っているのかしら?」
「……申し訳ありません。ハシュル草はわたしが勝手に――」
「ふふふっ。それが通じると思っているのなら、わたしの事を馬鹿にしているわね」
「そんなつもりではありません。実はあなた様に恋焦がれ――」
「ミッドエイト国の指示なのかしら?」
ギュータスが微かに息を呑むのが分かった。
彼は今、自分の正体がバレたのか不安に思っているでしょうね。
「なにを言っているのか分かりません」
「そう? ミッドエイト国のスパイさん?」
ギュータスが支配人を務めるこの劇場。
これは、ミッドエイト国が作った物だ。
スパイたちを、安全に我が国に送り込むための場所として。
まぁ、調べたところで証拠は出ないが。
わたしが知っているのは、前回のおかげ。
トラス・カーシュは隠していたけれど、付き合ううちに気付いた。
この劇場の役割と彼等の目的を。
それにしても、これは賭けね。
もしも彼がわたしを消そうと思えば、簡単にわたしは消されるわ。
でも……、
ギュータスに視線を合わせると、そう前に見たこの表情。
笑顔なのに、冷たい表情。
ふふっ、トラス・カーシュ。
彼はわたしに、人の表情の変化について教えてくれた。
それが今、とてもそれが役立っているわ。
ありがとう。
ギュータスの表情を見て、微笑む。
「1つ。王城に入っているシェリフ。彼を引き上げなさい。正体がバレているわ」
「……」
「ウソだと思うならそのままで。でも、死ぬわよ」
わたしをジッと見るギュータス。
そんな彼から決して視線を逸らさない。
先に視線を逸らしたのはギュータス。
それに本当の笑みが浮かぶ。
「お茶を頂くわ。アーニャに伝言をお願い。『ゆっくりしてきていいわよ』と」
「はい、分かりました。では、失礼いたします」
強張った表情で部屋から出て行くギュータス。
静かに目を閉じ、部屋の外に意識を向ける。
ギュータスは、部屋の前からまだ移動していない。
おそらく、色々な事を思いめぐらせているのだろう。
わたしが何者なのか。
どうして自分の正体がバレているのか。
そして、わたしの情報を信じるべきか、信じないべきか。
なによりシェリフを引き上げるべきか、様子を見るべきか。
こつこつこつ。
小さな足音が遠ざかっていく。
ギュータスなら、音を消して歩く事が出来るだろう。
でも、劇場の支配人がそんな技を持っているのは不審がられる。
だからわざわざ音を立てて歩く。
スパイも大変ね。
前の時も思ったけれど。
「ここまでは上手くいったわね」
様子を見るだけにしようかと思ったけれど、いろいろと予定が変わったのでギュータスやトラスを早めに引き込む事にした。
だから賭けに出た。
結果は、まだ分からない
お茶を飲み、ゆっくりくつろいているど足音が聞こえた。
そして、扉の前で止まる。
コンコンコン。
「申し訳ありません、ハルティアお嬢様」
返事をすると、慌てた様子で部屋に入って来るアーニャ。
「ふふっ、慌てなくてもいいわ。ゆっくり楽しめたかしら?」
「はい。本当に、ありがとうございます」
頬を染め、嬉しそうに笑うアーニャ。
それを見て、嬉しそうに笑顔を見せる。
「良かった。あら、ギュータス。どうしたの?」
部屋の外を見るとギュータスがいた。
気付いていたけれどね。
「トラスもとても喜んでおりました。ありがとうございます」
「ふふふっ、二人が喜んでくれて良かったわ。そろそろ、帰りましょうか」
「はい」
席を立ち、ギュータスの前を通る。
少し通り過ぎた場所で立ち止まり、振り返る。
「お茶をありがとう。もしよければハーブティを分けて頂けないかしら?」
少し先の未来で、あなたたちはあれをお香にして使うのよ。
まぁ、今のままでは駄目だけど。
「えっ? あれをですか?」
「そうよ。駄目かしら?」
戸惑った様子を見せるギュータス。
まぁ、そうなるわよね。
だって、わたしはそのハーブティにハシュル草が入っている事を知っているのだから。
「ギュータス?」
「あっ、はい。すぐにご用意いたします」
なにかを覚悟した様子のギュータス。
証拠品を押さえられたと思ったのかしら。
「ハルティアお嬢様? ハーブティをお飲みになりたいのですか?」
「ふふっ。ギュータスの配合したハーブティを……少し加工したいの」
ギュータスが驚いた表情でわたしを見る。
「加工ですか?」
「えぇ、とってもいい香りのするお香になりそうだから。王妃様への贈り物にね」
ギュータスを見てふわっと笑うと、微かに目を見開いた。
「加工でしたら、多めにお渡しいたします。もしよければ、加工した物を見せていただきたいです」
のったわね。
賭けは、勝った。
「えぇ、上手く加工出来たらお見せするわ」
わたしの微笑みに、ギュータスも笑顔を見せる。
まぁ、どちらも作り物だけどね。
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