第丗壱話 〜河の民〜その拾九

 真夜中…


 宴も終わり郷の民たちも避難している浪花の街衆たちも寝静まった頃、


 薬師は浪花の街で一番高い物見櫓にいた。

 かろうじて全壊を免れた櫓からは壊滅的被害を受けた浪花の町並みを一望できる。

多くの家屋や財産を失った者たちも多くいるであろう。

今は助かったことを喜びとし、皆が助け合おうという流れになってはいるが

時間が経つにつれ不平や不満が出てくると諍い事が多くなるに違いない。

街衆が自立するためにも早く復旧させなければならない。


「これからが大変だな、薬屋」

 いつのまにやってきたのか、薬師の背後に茨木童子が立っていた。


「どうした、眠れんのか?」

「お前も同じだろうと思ってな、村長から貰ってきた」


 茨木は酒の入った陶の瓶を持っていた。封を開け薬師に手渡そうとした。


「杯はなかったのか?」

「今更だろ?口吸いした仲じゃねぇか、直に飲めよ」


 薬師は差し出された酒を受取り口を付けた。

河の郷で造った米の酒は柔らかくほんのりと甘い香りがする。

薬師は茨木に酒を返した。同じように酒を飲む。

「喉が焼けるような熱い酒を飲むのもいいが、たまにはこういうのも悪くねぇ。」

「そうか…」薬師は茨木を笑いながら見つめていた。


「な、なにが可笑しいんだ?」

「いや、お前でもかわいい顔をするのだなと見惚れておったのだよ」

「あ、阿呆か!この酒のせいだろうが!」

 茨木は顔を赤らめて言い返した。


「くっそ、お前と話してると調子が狂うな」

「なにか話が合ったのだろう?浪花を元に戻した後の事か?」

 薬師は話すきっかけを失っている茨木に話をするように促した。


「そうだ。明王を呼び出して我らを試したことは、行者の供をしろってことだろ?」

「そうだな」

「吉野の行者か?」

「うむ、すでに一体鬼が仕えておる」

「男か?」

「知ってるのか?」

「多分な、我より星熊の方がよく知ってるんじゃねぇかな。なんせ…」


 茨木は酒を一口呑んで薬師に渡した。

「まぁ知らねぇなら会った時のお楽しみってやつだ」

 薬師も訳ありと察して笑いながら酒を飲む。


「浪花が元に戻ったら、都にいるハルアキラを寄こしてくれ、

泰成やすちかじゃねぇぞ、ハルアキラの方だ。吉野への口添えを頼む」

「苦手なのか」

「そうじゃねぇよ!なんというか、アイツはダメだ。多分話にならん。斬り合いになる」

 茨木は不機嫌そうな顔をしていた。

「そういえば茨木、お前壱条の橋でハルアキラに会っておるであろう」

「そ!それがどうした?」


 茨木童子のあからさまな反応に薬師は笑いを抑えることが出来なかった。

「いやいや、お前はああいう少年の顔が好みなのかと思ってな。そういえばあの時もハルアキラを前にしてなにやら落ち着かなかったというか動揺していたというか…そうかそうか」

「おい!誰にも言うな!あのせいで男が苦手になったんだ!皆の前でバラしたら…」

 茨木は動揺を隠すこともせず薬師に詰め寄った。


薬師は笑いながら、

「バラしたらどうするのだ」

「その時は…」

 茨木童子は薬師の服の襟元を掴み顔を寄せた。

「お前の弱みを握る」

 そう言って薬師と唇を合わせた。

 

唇を離したあと、茨木童子は勝ち誇った顔になった。

「これで、あのガマガエルの娘に知られたら説教どころではすまんぞ」

「参ったな、ハルアキラにいい土産話ができたと思ったのだが」


今度は薬師が茨木童子の顔を押さえて唇を合わせた。

口に含んでいた酒が茨木の口の中にも入っていく。


「互いの秘密だな」

「そういうことだ」


 薬師と茨木童子は互いに唇を寄せあった。さっきよりも長く、強く抱き合いながら。


「男には興味が無かったのではないのか」

「甘い酒のせいだ、今日だけは茨木様がお前の相手をしてやる。存分に味わえ」


 奇妙な一日が終わる。

二人は横になり何度も体を絡ませ、長い夜を過ごした。

----------

仕舞い


 朝、薬師は童と蝦蟇蟲を連れて郷を離れた。

別れ際、童と村長は泣きながら別れを告げていた。

 浪花の街衆は復旧が済むまで河の郷で暮らすこととなった。

鬼達と街衆が朝早くから浪花を建て直すために街に出かけていく。


 蝦蟇蟲は昨夜のことを感づいているのか朝から機嫌が悪い。

童が飴玉を差し出したので仕方なく頬張っている。

蜜と花の香りが漂う。


 村長から童のことを聞かされていた薬師は今回の件と合わせてハルアキラに伝えるために帝都に赴くことにした。

 四堺のひとつが穢された。

内裏を動かすためには、安倍泰成の力も借りなければならない。

鵺が言い残した言葉が頭の中で繰り返される。

賽の目、山の法師、加茂の川…

すめらぎにも関わりがあることなのか、

あるいは都を敵に回すことになるのか…


 薬師一座の長き穢れとの戦いが始まる-



帝都の呪詛師

第弐帖 ~河の民~ 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帝都の呪詛師 三日月ノ戯レ @eeyorejp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ