第丗話 ~河の民~その拾八
「いいぞ!茨木童子!」
「もっと…もっとだ!薬屋ぁッ!」
「こうか?これがいいのか?」
「ああっ!すごい…もう離さねぇぞ薬屋!」
「男と女の手合わせと言うから変なことを考えておったが、なんだ、本当の手合わせだったのか。つまらぬ」
「蝦蟇蠱ぉ、アンタなに変な事想像してたんだ?」
「目を瞑って聞いてみろ。よからぬことをしているとしか思えぬ。」
童は言われた通り目を閉じて聞いてみる。
「そうか?組み合ってるとしかおもえんが」
「童は幼いからな、大人になればわかる。大人になればな」
蝦蟇蠱は童よりは成長著しい胸を見せつけながら話していた。
「くっ・・・見てろ、今にアタシだって!」
童は悔しそうにその場を離れていった。
「だが…あの鬼達の造形は素晴らしすぎる。角さえなければ師匠もイチコロ・・・ハッ!まさか師匠、あの鬼にぞっこんなのか?!あの胸には勝てない…」
蝦蟇蟲は何かよからぬことが起きるのではないかとその場を離れることができなかった。
「頭が無防備だぞ薬屋殿!!」
「鎌の餌食になっちゃって〜!」
「次は、自分が行かせてもらう!」
「もう一回潰してやろうかァ?」
村長に手配してもらった空家では薬師と五体の鬼たちによる「手合わせ」が続いていた。
模擬戦闘なのでお互いを傷つけるようなことはしていないが、それぞれの得意な武器を構えて戦っている。一つ間違えると大惨事なのだが、薬師と五体の鬼達は楽しそうに「手合わせ」をしている。
日が暮れても激しくぶつかり合う音が外に聞こえてくるので河の民達は何事か?と集まりだした。
鬼達が得意の武器で攻め立てるが薬師は棍一本でかわしながら鬼達の懐にやすやすと入っていく。
「ちょっと待て!薬屋!」
「星熊、どうした?」
「いや…懐に入ってくるのはいいんだが、その…」
「どうした星熊?」
「あ~、星熊ちゃんたら昔の男の事思い出したんじゃない?」
「あぁ、鬼族でもモテるやつだったよなぁ。まだ生きてるのか?」
「知らん!とにかく顔を近づけてくるな!」
「星熊ぁ、顔が赤くなってるぞ、まさか薬屋に惚れたか?」
「そんな訳ないだろ!…それより茨木!お前はどうなんだ?」
「口吸いしていたわよねぇ」
「我は!…腹の蟲を取ってもらっていただけじゃぇねか!」
「それだけぇ?」
「うっせぇなお前らまとめてぶっ飛ばすぞ、薬屋!ちょっと休んでいてくれ。こいつら一回シメとくからよ!」
薬師はやれやれとその場を離れ外で涼むことにした。
数日前ここを荒らしまわっていた鬼達が郷の民たちに歓待を受けることになるとは想像もできなかった。
当然のことだが郷の民すべてが快く受け入れてくれたわけではない。
過去、鬼達との騒乱の中で家族を失った者もいるのだ。
流れが変わったのは村長と童が民たちを説き伏せたことであった。
特に童が語る昨夜の顛末は民たちの心を動かした。
そして五体の鬼達が民たちの前で膝をつき頭を下げて詫びたことで誠意が民たちに伝わった。
鬼達は郷と浪花の復旧を任されることになった。
もとは穏やかな種族であったものが見た目や力の強さから迫害を受け憎悪が変化した者たち。
茨木童子は『
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そして童は…
村長から身の上と寿命について話を聞いていた。
「そうか…アタイは人並の寿命しかないのか」
「河の民としての成長はここまでじゃ、これからはお前の母親と同じ刻を生きることになる。」
「アタイはお婆ぁより先に死んでしまうんか?」
「さぁわからん。この老いぼれは明日にもポックリ逝ってしまうかもしれん」
「怖くはないのか?」
「怖いとも、じゃが、あちらに行けばお前のお父やお母に逢えるからの」
童は涙を浮かべていた。
「アタイはお父の顔もお母の顔もおぼえておらん、見つけてくれるだろうか」
「大丈夫じゃ、向こうが覚えておるわ、小さいころからかわいい儂の曾孫じゃからの」
村長は好物の飴玉を童に手渡した。甘い蜜の香りが部屋に広がり童も落ち着いたように見える。
「お前にはあと二つ伝えておかなければならないことがある。
ひとつはお前のこれからについてじゃ。」
それまで穏やかな顔をしていた村長は童の眼を見ながら少し厳しい表情で話を続けた。
「お前の体の中には河の民、人間、そして神の血が流れておる」
「神…さま?」
「そうじゃ、おまえの爺様はとある神様なのじゃよ」
「つまり、婆ぁはその神様とヤったということなのか?」
村長は童の口からきわどい言葉が出てきたので顔を真っ赤にしながら童の頭を小突いた。
「こら童!どこでそんな品のない言葉を…」
「蝦蟇蟲が言うておったのじゃ。」
「あのませた娘か…薬師殿から叱ってもらわねばならん」
「悪い奴ではないぞ」
「じゃからなおさらタチが悪い!」
村長は話を戻した。
「その神様の名前はいう訳にはいかぬ。」
「逢うことはできんのか?」
「無理じゃな。お前がタカマガハラに昇ることが出来れば…」
「どうすれば行けるのだ?」
村長は言うべきかしばらく考えたが意を決して話すことにした。
「タカマガハラの神と
お前が水神の加護を受けることが出来れば昇ることも許されるかもしれぬ」
「どうすれば加護とやらをうけられるのだ?」
「そのためにお前は郷を離れて薬師様と行動を共にしなさい。竜神を探すのです」
「りゅう じん?」
「旅をして修練を積みなさい。呪詛師の御役目には穢れに触れねばならぬ事をあるかもしれぬが世の中奇麗事だけではないからの。光も影も受け入れねばならんのじゃよ。加護を受けるということはそういうことなのじゃ」
「わかった」
もう一つの話とは童の名前の事であった。
ヒトの母からもらった名前を村長は預かっていた。名前を書いた紙を童に渡して誰にも教えてはならないと硬く口止めした。
「それは生涯でただひとり、お前が教えても良いと想い慕う相手に伝えるがよい」
「ただひとりか…難しいのぉ」
「それを見つけるのもこれからの旅じゃて」
村長は何かを察しているかのようではあった
童には修練の時に出会った少年がその『ただひとり』なのか、別の誰かなのかもまだわからない。
童と村長の別れが近づいている。
第丗話 了
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