第廿九話 ~河の民~その拾七
闘いは終わった。
鬼達は力を使い果たし、立つ気力もなく横たわっていた。
薬師は茨木童子の側に膝をついた。
頭を膝に乗せ疵薬を茨木の顔に塗る。無数にあった傷が治っていく。
蝦蟇蟲がムスッとした表情で薬師に文句を言いに行こうとしたが、星熊童子に「まぁまぁ」と止められていた。
「薬屋、力が入らねぇんだ。悪いが刀を鞘に納めてくれねぇか?」
茨木童子は獅子王と鞘そして
「ちゃんと結んでおいてくれよ。あんたを斬っちまうかも知れねぇからな」
「私を殺さんで良いのか?」
「…もういいや、存分に暴れたからなぁ…こんな事言っちゃぁ酒呑には怒られちまうかもだけどよ」
茨木の言う通り薬師は刀と鞘を下緒でしっかりと結んだ。
「茨木よ、体の傷は大丈夫か?」
「護り刀のおかげかな…治りが早い」
「そうか、ならば今宵にでも私と…」
「断る、生憎だが我は男に興味はねぇ、惚れた相手はもう逝っちまったしな…もう誰のことも…」
「まだ戒めはお前の中にあるのだぞ」
「冗談だろ?」
「どうだろうな…」
薬師は茨木童子と唇を重ねた。
必死に離れようとする茨木だったが、観念したのか呆れたのか抗うことを諦めて薬師の顔に両手で触れた。
「あきれた!帰る。師匠あとで大説教。覚悟しておけ」
怒った蝦蟇蟲は河の郷へ戻っていった。
「あの娘、勘違いしてるぞ。目的は…これだろ?うぷっ!」
茨木童子は急に嘔吐感に見舞われた。喉の奥から腹中蟲が吐き出され地面でのたうつ。薬師は印を切り蟲を式紙に戻した。
式紙は薬師の手の中で燻りながら消えていった。
「まぁいつものことだ」
「これでお前たちは晴れて自由の身だ。」
「そうか…」
茨木童子は何か思い出したように自分の腕を見ていた。
「そう言えば、この腕はもう我のものなんだよな?」
「ああ、元の腕と遜色ない。お前の腕だ」
「じゃぁ腕の礼にひとつだけ、お前の言うことを聞いてやる」
「急に言われてもな」
「焦らすなよ、さっき五大明王とやらを召喚しただろ?あれは我らを試してたんだよな?」
「バレておったか。みごと合格だ。四天王たちにも話をしておこう」
薬師は茨木童子と四天王と呼ばれていた四体の鬼達とこれからの事を話し合った。
河の民と鬼、そして呪詛師との間の
「青鬼…」
茨木童子の元へ童が寄ってきた。
「小娘、どうした」
「あ…ありがとう」
気持ちをどう伝えようか考えた挙句、たった一言だけ伝えて童は河の民に連れられて郷に帰っていった。
「礼を言われるなんて初めてかも知んねぇな」
「悪い気はするまい?」
「まぁな」
河の民たちが薬師と鬼達を迎えにやってきた。
郷には鬼たちが鵺と戦ったことが伝わっており、労いを兼ねて互いの
「お人よしだな」
「これで悪さを起こす気にはなるまい?」
「勘弁してくれ、五体でかかってもアンタ一人にすら敵わねぇ事は身に染みてよーくわかったからよ」
薬師は笑っていた
「わかっておるではないか」
「薬屋…今夜、手合わせしてもいいぞ?」
茨木童子はすこし照れくさそうに薬師を誘った。
「かまわんが、どうした?」
「さぁな…お前なら愉しませてくれそうだから…な」
そう言って茨木童子は眠りについた。
第廿九話 了
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