第廿八話 ~河の民~その拾六

童を取り込んだ鵺は妖花ようかの姿に変化した。得体のしれない気味の悪い花弁と巨大な葉や蔓が薬師たちをけん制している。

斑の鏡の中に童が映っている。体の自由は奪われていないようで外にいる薬師たちに早く助けろとでもわめいているように見えている。


「薬屋、あれじゃうかつに手が出せねぇぜ。どうする?」

「童を救い出すにしてもどこに隠されているかだな」


「師匠、私が妙案を示そう」

 薬師たちの後ろから蝦蟇子が歩いてきた。

「蝦蟇蟲、そうか蝦蟇蟲がおった!」

「最大の見せ場は最後まで取っておくのかと思っていたが、私は忘れられたかわいそうな子だったか。師匠あとで説教」

 蝦蟇蟲が呆れた顔で薬師をみている。


「すまんな。でどうする?」

「茨木はその獅子王で斑の鏡を影から切り離す。金童子が茨木を護りながら切り取った斑の鏡を師匠に渡す。熊は鏡が影から離れたらあの気持ち悪い鵺の花を地面から切り取って。そうしたら私のガマガエルが花を平らげる」

「わかった」

「熊は花を斬るまで動くことができない。茨木も鏡を切り取っている間は影や花の攻撃をかわすことができない。星熊は影の攻撃をできる限り受け止めて。虎熊はみんなを援護しつつ葉っぱや蔓を切り刻んで。金は腕を怪我してるんだから無理はしないで鏡に集中して。

師匠が鏡を封印するまでは絶対に気を緩めないで」


 聞くや否や、星熊童子は影をけん制するべく再び巨大な姿となって影を押さえにかかった。虎熊童子と金童子は花から伸びる葉や蔓を切り刻み引きちぎっていく。

「さすが四天王、話が早い」

「当たり前ぇだ。みんな暴れたくてウズウズしてたんだからな。

なぁ小娘、あの鏡をくり抜くように斬りゃいいんだな?」

「そう、みんなが攻撃しているところをずっと見ていた。鵺はどの攻撃も鏡に当たらない様にかわしていた。間違いなく鵺の本体はあの鏡。今、鵺の体は茨木の斬撃を喰らってかなり弱っている。体が朽ちて動けなくなってもおかしくない状態なのに童を取りに行こうとしている。体を失っても鏡があれば再生が可能なのだろう。それでも鏡を切り離して封印して仕舞えば再生することはない。」

「なるほど…」


「ところで師匠、例の飴、持ってる?」

「ああ、これだな」

 薬師は童にも渡したことのある飴玉を蝦蟇蟲に預けた。

「茨木が鏡を切り取ったと同時に熊さんの一撃で花を刈り取る。ガマガエルは花を飲み込む。師匠は鏡を封印」

「鏡の活動を停止させれば小娘と鵺の体が這い出てくる、という訳だな」

「そう言うこと。では…茨木!」

「任せな!」


 茨木童子は花を越えて斑の鏡の前に飛んだ。

獅子王を構え切っ先を影と斑の鏡の間に突き立てる。

 影は高い鳴き声を響かせる。音の衝撃が鬼達に襲い掛かる。

花の攻撃が激しくなる。

影と星熊、花と虎熊、金童子の攻防が激しくなる。

熊童子は茨木と呼吸を合わせるため微動だに出来ない。

「茨木…早くしろ!皆が耐え切れん!」

「もう少し、あと少し踏ん張ってくれ!」


「よし、では師匠は目を瞑っていて」

「うむ…いや、なぜだ?」

「ガマガエルを呼び出すから見ないで。見たら説教」

「…わかった」


 蝦蟇子は薬師の眼を閉じさせると一歩前に進んだ。

「私の中の蝦蟇蟲、出ておいで…」

 天を仰ぎ口を開ける。蝦蟇蟲の口が横に裂けぱっくりと大きく広がる。

喉から大きく青白いねっとりとしたものが出てくる。蝦蟇蟲の体より何倍も大きなガマガエルが吐き出された。


 獅子王は影を刻んでいく。茨木童子の体には蔓や葉の攻撃により無数の傷がつけられ血がドクドクと流れている。

皆力が限界に近づいていた。


「熊童子!一撃で刈り取って!」

「待ちかねた!はぁぁぁぁッ!」

 熊童子が放った一閃が花の根元を横一文字に走る。

そして・・・

「金ぇッ!鏡を受け取れーッ!」

 茨木童子は最後の力で影を切り取ると金童子が斑の鏡を手に取り薬師の元へ走る。

奪われまいと花の蔓が伸びるが虎熊と熊童子が斬っていく。それでもわずかながら蔓が金童子を背後から狙う。肩口や太ももを蔓が貫通する。

 金童子は気を失いそうになりながら残った力を振り絞って薬師の元に辿り着いた。

「薬屋、早く封印をッ!」

 金童子が薬師に鏡を手渡したと同時にガマガエルは花を飲み込んだ。

薬師は斑の鏡に向かって九字を切り呪言を唱え始めた。


「只今より鵺を討伐致す。古き因習に従い帝都の呪詛師が命ずる。三蔵をもってこの斑の鏡を封じ給え!」

 斑の鏡を幾重の光る環が取り囲む。鏡はこの世のあらゆる法、経、律が書き込まれた環に縛りつけられた。

 悲鳴を上げながら鏡は次第に力を失い斑色の表面は漆黒に染まっていった。


「ぐぉぉぉぉぉッ!」

 くちばしを掴んでいた星熊は影の力が弱まっていくのを感じた。

 嘴の上下を両手でつかみ縦に引き裂くと甲高い鳴き声を上げながら影は徐々にその姿を消していった。


「もうこれ以上草刈りなんて無理~って言ってんだろーがゴルァァァァァッ!」」

「お…おい、虎熊?男が出てるぞ!」

「え?…やだ~見ないで聞かないで~!」

 照れ隠しなのか、虎熊が大鎌を大きく振り回す。金童子も蔓を引きちぎっていく

 やがて葉も蔓も勢いを失い、倒れ萎れていく。


 ガマガエルの口から何かが吐き出された。蝦蟇蟲はヌメリとした膜を引き裂き、ひとつは気を失った童、もう一つがヒトの姿をした鵺であることを確かめると童の口に飴玉を近づけた。

花の蜜の匂いが周りに広がると童が目を覚ましご褒美とばかりに飴に喰らいついた。


 鵺はやせ細りもはや再生する力も残っていない。おそらくこのまま消滅するであろう。

四天王の鬼達に囲まれ最期を悟った鵺は薬師に最期の言葉を残した。


「ふっ・・・鬼達が大枝の封印を解いた時点で喰ろうておれば、あなたがこの浪花におられたことが大きな誤算でしたよ。

ですが四堺はあと三箇所、いつ穢れるかあなた達は常に怯え続けなければならない。

いつ、何処からどのように攻めてくるか考えを巡らせなされ。なにもかもすでに手遅れであったと悔やみなされ。お前たちの絶望が帝都を満たす刻を黄泉から見守らせていただきます…」


「鵺よ、なぜ河の童を取り込もうとしたのだ?」

 姿がほとんど消えつつある鵺はか細い声で薬師に答えた。

「ハ、ハハ…あなたは何も知らずにこの一件に首を突っ込まれたのですか?あいかわらず運を味方になさるお方だ。

 あの童は豊受とようけ猛き河の民、賢く弱きヒト、国作りし気高き神の血を受けついだ稀なる血…ヒトと同じ短き命を…あのお方の為に…賽の目…加茂川の水…山の法師…すめらぎ様にもままならぬ…ならばわれらが…帝都を…」


 鵺の全身にヒビが入り粉々に砕けていく。


 鵺が仕掛けた『修理固成つくろひかためなせあらため』はこうして食い止められた。

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第廿八話 了

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