第廿七話 ~河の民~その拾五

「さっさと起きやがれ!大枝の四天王ぉッ!」


 茨木童子の叫び声に呼応するように四体の鬼達が立ち上がった。

熊童子は東に、星熊童子は南に、虎熊童子は西に、金童子は北に、茨木童子と鵺の本体を四方から囲むように構える。


「やれやれ…茨木が言うなら従うしかないのぉ」

「茨木ちゃん、アタシたちがいないとなーんにもできないもんねぇ」

「だが…喰われた鬼達の仇を討てるなら」

一時いっとき、呪詛師に手を貸すのも、悪くない!」


「水を統べる河の民の名において願い奉る…五大明王招来!」


 大地に輝く巨大な曼荼羅模様が描かれる。

雷鳴が轟き大地を揺るがす。


「ほほぉ…鬼達を依り代にして明王達を呼び出しましたか、これは面白い。

ではこちらも始めさせてもらいましょう。天之御柱あめのみはしら!」


 鵺の背後にいる影が嘴を広げ人には聞こえぬ鳴き声を発した。

静かに忍び寄り、だがそのあと耳を切り裂くような激しい衝撃波が薬師たちを襲う。空から幾つものいかずちの槍が飴のように降り注ぎ街を破壊する。


巨大化した星熊童子が槍を薙ぎ払いながらが烏に拳をぶつける。攻撃をかわされると両腕を真下の鵺目がけて振り下ろす。鵺は星熊の拳を避けて宙に飛び上がる。


「行ったぞ熊!」

 鵺の正面に立った熊童子の一太刀が鵺の頭上に狙いを定める。

「斬ります!」

 振り下ろした切っ先をわずかの差で鵺が横に避ける。

すかさず虎熊童子の大鎌が脇腹を狙う。

「真っ赤なはらわたみせちゃってぇッ!」

 大鎌が鵺を切り裂いた、かに見えたが斬られた部分は何事もなかったかのようにすぐ修復されていく。


「ぬるい、ぬるすぎます…これが明王の力とは笑わせますね。

さて、あなた達の本気を見せてもらいましょうか!修理固成つくろひかためなせあらため!」


 鵺が再び吠える。先ほどとは桁が違う衝撃が浪花を襲う。大地は波を打ち至る所で大きく裂ける。

家屋はなぎ倒され柱や瓦が薬師たちを襲う。直撃を童がかろうじて水の障壁で防ぎ大地の亀裂を食い止めている。


「鵺よぉ…四堺を突破するってのは本気マジなのか?」

「当然です。帝都を怪から護っている、あの忌まわしい結界を破ることが私たちの一の目的」


「一の目的?帝都に攻め込む事が最終の目的ではない、と?」


 鵺は気味の悪い笑い顔を浮かべながら薬師に答えた。

「都のみにあらず…忌まわしきこの国もろとも国生みの昔に還してしまうのです!」


「国生みをあらためるか、無茶にも程がある。そんな力業、鵺如きがどれだけ集まろうと成し遂げられるものではなかろう。誰のはかりごとだ?」

「そのような事、ここで滅せられるあなた達に話す道理も御座いません。あちら側にお渡りになられてからごゆるりとお考えなさいませ」


「要するに!なにもかもぶち壊すことが目的で、最初から鬼を利用するつもりだったのかよ!」

 金童子の拳が鵺の顔面を直撃、ズブリと顔面に食い込んだ。

ところが手首まで食い込んだ金童子の拳を鵺の皮膚が取り込んでいく。

引き剥がそうとするが逆に腕がめり込んでいく。


「くそっ、腕が抜けねぇ!」

「金!うまく避けろ!」

茨木童子が繰り出す獅子王の一太刀が鵺の頭を切り裂く。かろうじてかわした腕を引き抜く。

シューシューと皮膚が溶ける音と臭いが漂う。


「ぐあぁぁっ!」

 金童子は熱傷でただれた腕の痛みにのたうち回っている。

「赤鬼!これ塗って!」

 童は金童子に竹筒を投げた。

「河の郷特製の傷薬だよ!」

「すまん!助かる」


 金童子は傷薬を焼けただれた腕に塗る。

痛みが引き、荒れた皮膚が緩やかに修復されていく。


「楽になったぜ小僧!ありがとよ!」

「おい、金…」茨木童子が制するが

「だからさぁ…」

「あ?まさか女とか言うなよ?」

「そのまさかなんだけど」

「おおお!わりーな!育ち盛りだもんなぁ、これからこれから!」

 金童子たちは豊かな胸を河の童に見せつけた。


「師匠~!」

「童…今は耐えてくれ」薬師も笑いながら童に答えた。

鵺の攻撃に圧倒されている中、鬼達に笑いが起こった。


「おい、鵺の顔を見ろよ…間違いなく効いてるぜ」


 ふたつに裂けた鵺の頭は修復がされてはいるが他の部位よりはるかに遅く、むしろ途中で止まりつつあるように見えた。


「くっ…お前たち、何をした?」

鵺が苦悶の表情を見せる。

「まさか…この匂いは…」


 『古めきしずか』の芳香が禍々しき者の頭部の再生を阻害していたのだ。

『獅子王』による切断面から鵺の顔面に浸食が進んでいる。


「あ〜ぁ、奇麗な顔がボロボロじゃぇねぁよ。いい加減に負けを認めなよ、鵺さんよ」

「負けを認める?何故?鬼達のおかげで本来の目的である大枝山は穢れ、結界が張られることは二度とあるまい。あとは河の童の霊力を頂けばいいだけの事ですよ!」


 鵺の裂けた頭部が大きな花のようにグワッと裂けた。

中央に一つ眼が光り童を見ている。


「生憎だがお前に渡す訳にはいかないよ!みんな行くぞ!」

 茨木童子の掛け声で五体の鬼達が鵺に迫る。

 星熊が上から、虎熊が右から、熊が左、金が背後、そして茨木童子が正面から同時に攻撃する。

「笑止!」

 鵺の一喝で五体は吹き飛ばされた。

「しまった!」

体勢は立て直したがその一瞬の隙をついて薬師の前に立っていた童が鵺の腕に絡み取られてしまった。


「うわっ!なにすんだよ!離せよッ!」


 鵺は童を飲み込み顔と片手だけが見えている。

「童!すぐに助ける!逆らわずにじっとしておけ!」

「なるべく早くしてぇ…」

 そして童は完全に鵺の中に飲み込まれてしまった。


「おい!薬屋、どうするよ?」

「どこに捉えられているかわからねば・・・」

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その童は・・・


「ってぇ・・・どこだよここは?」

周りを見回しても真っ暗で何も見えない。広いのか狭いのか、足元も柔らかく歩くのも難しい。


「え〜い!とにかくここから出せっての!」

 童はとにかく壁を探して走り出した。


少し走ったところで壁らしきものにぶつかったので童は壁を思い切り叩いた。


「おい!こら出しやがれ!出せってんだよ陰険野郎!」

「陰険野郎とは誰のことだ?!」

 何処からか鵺の声が聞こえる。頭の中に響いてかなり気分が悪くなる。

「アンタだよ!アンタ以外に陰険そうな顔してる奴がここに居ますかっての!サッサと外に出さないと・・・」

河の童は手をかざして水の結界を思い切り大きく広げようと念じてみたが・・・


「あれ?出てこない、なんで?」


 どれだけ念じても水の結界は展開されない。


 やがて足元にヌルヌルと粘着質の液体が流れてくる。次第に高さを増してついには童が完全に液体の中に飲み込まれてしまった。


「嘘?アタイ溶かされる?ヤダヤダこんな最期は嫌だって!師匠!師匠!」壁を激しく叩こうとするが液体の中で力が入らない。


「アタイ、もうダメかも・・・」

だんだんと意識が無くなっていく。


童は意識を失い、液体の中に沈んでいった。

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第廿七話 了

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