第廿六話 ~河の民~その拾四


「ぬ、鵺・・・?」


 潰された鬼達が黒い影に吸い寄せられるように宙を舞う。酒呑童子の首も笑いながらそれに続く。黒く大きな烏のような影が大きなくちばしを広げ酒呑童子の首もろとも鬼達を喰らっていく。


「…や、やめろ…やめろやめろやめろ…やめろぉぉぉぉッ!」

 茨木童子が叫ぶ、だが鬼達はみな影に喰われてしまった。


 その黒い影の足元、腕を組み薬師達を睨む白と黒のはかま姿の少年。

取り囲むおびただしい数の目玉と頭蓋骨、頭上に斑の鏡…

端正な顔と似つかわしくないこの世の生き物とは思えぬ姿、魂を吸い取られそうな禍々しさを漂わせる冷徹な瞳。『ぬえ


「久しいの、鵺。

影、むくろに斑の鏡とは…会わぬうちに随分とおぞましい姿になったものだな」

「あいかわらず毒のこもったお言葉痛み入ります。この鏡であなたの気配を感じてはおりましたが…よもや河の童と御霊還しをされていたとは…相当鍛えられたと見える…おかげで手間が省けましたぞ、呪詛師殿」

「礼には及ばぬ。弟子を育てるは師匠の務め、すでに私の想像を超える高みへ到達しておる。お調子者ではあるがな」

「師匠!褒めるかけなすかどっちかにしてよ!

それに!アタシだけで食い止めてるのもそろそろ限界が来てるんだけど!」


 鵺がゆっくりと童の方に近寄ってくる。 

鵺が障壁に触れるとその部分が揺らぎ薄らいでいく。

四天王を囲む水の障壁を張り続けたために童の霊力が弱まっている。

「ほぉ、なかなか頑張っているではないか童よ、だがこれほど長い間霊力を出し続けたことはなかったのではないか?」

「へへっ、これほどもなにもアタシの初陣だよ!師匠にカッコ悪いところ見せられる訳ないっての!」

 童はさらに水の障壁を大きく広げて鵺の歩みを阻む。

水の障壁に押されて鵺が後ろに押されている。


「そろそろ限界であろう河の童、あきらめて私の糧となれ。さぁ…早くこちらに来い!」


 頭上の斑の鏡から黒い稲光が童に向かって放たれる。

だが薬師は微動だにせずニヤリと笑っている。


 浪花の大通りに亀裂が入るほどの衝撃が走る。童が構える水の障壁に稲光が直撃する。

大地の亀裂は障壁によって阻まれ、上空に雷雲を呼び起こす。


 衝撃は水の障壁を蒸発させ、所々にできた綻びから雷撃が河の童を目がけて襲ってくる。ところが茨城童子が一振りの太刀を構えて童の前に立っていた。

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鵺の攻撃を真っ真に受ける茨木童子。衝撃で体が硬直し押し倒されそうになる。

全身の痛みに悲鳴をあげる茨木童子に童が背後から声をかける。


「青鬼…なんで?」

 童の問いかけに苦悶の表情を浮かべながら茨木童子が答えた。

「勝手に体が動くんだよッ!小僧いや、あのクソッタレ呪詛師か…我に『童を全身全霊で護れ』とかふざけた戒めをかけやがった。忌々しいことをしやがって…

だが、鬼達の仇を討てるならかえって好都合ってもんだよ!」

 小僧、と言われて童の表情は明らかに不機嫌になっていた。

「あのさぁ、護ってくれるっていうお気持ちはすっごくありがたいんだけど…」

「なんだ?」

「アタイ、女だから」

「なっ!女…だと?」

「青鬼…あとでアンタの尻子玉引っこ抜くから」

 この時以降、童は少年扱いされることに拒否反応を示すようになる。


「なぁ薬屋さんよぉ…アレを倒しちまっていいんだよな?」


 茨木童子はに薬師に確認を取った。

「我としちゃぁ手前ぇのことを真っ先に殺してやりてぇんだけどな、戒めのせいでそれもできねぇってんなら、今だけ手を組んでやる」

「ふむ、ならばこうしよう。童!四体の宝玉を戻せ。」

「え?師匠、鬼達を自由にして大丈夫?!」

「問題ない。お前とは糸でつながっておろう、茨木童子と合わせて五体の鬼を統べてみなさい。私が障壁を強化しておく!」


 薬師が童の背後に立って水の障壁に手印を構えると障壁が再び大きく広がっていく。

 薬師の言葉を聞いて童は懐から四天王の宝玉を手に取った。

紺、薄橙、白、赤の宝玉、そして茨木童子と童が一本ずつ光る糸でつながれている。


「いいから投げろ!アイツらが従わねぇ時は我がぶっ飛ばすから安心しな!」

 童は倒れている四体の鬼に向けて宝珠を投げた。それぞれの色の宝珠は元の持ち主の体の中に戻っていく。


「青鬼…相当ガラが悪いな。親の顔が見たいぞ」

「悪かったな…小娘!

それよりも薬屋!持ってんだろ?こんな時にお誂えの極上の武器をよ?!」


 薬師は茨城童子に答えるように両手を大きく広げると足元に光る円陣を描いた。

古の文字が書かれた円陣が薬師の足元で激しく回転している。


「好きなものを選べ、と言いたいところではあるが…ふむ、今宵茨木に預けるはこの太刀がふさわしかろう。」


 薬師の足元から一振りの太刀が姿を現した。

薬師はそれを手に取り茨木童子へと投げる。


「昔、源頼政が鵺を倒せし時に帝より賜った宝刀『獅子王』、茨木童子、只今より其方の護り刀とするがよい!」


 薬師から獅子王を受け取った茨木童子は下緒さげおを口でほどき、鞘を腰に通した。

 獅子王を抜刀する。太刀としては小ぶりではあるが茨木童子の手に馴染む。

「しかし、なんだ?…嫌な臭いがしやがる」

「我慢しろ。『古めきしずか』だ。」

蘭奢待らんじゃたいかよ!」

 ブン!と風を切るように獅子王を構えると、茨木童子は総毛が逆立つような高揚感を感じていた。

「まったく…邪気を払うって言うこいつのおかげで力がみなぎってきやがる!」


 四体の鬼が立ちあがり始めたことを確認して、童は薬師の言うとおりに呪言を唱えた。


「獅子王を携えし茨木童子よ、古き名を捨て揺るぎなき守護者に帰命せよ。

東に降三世夜叉ごうざんぜやしゃ、南に軍荼利夜叉ぐんだりやしゃ、西に大威徳夜叉だいいとくやしゃ、北に金剛夜叉こんごうやしゃ、…大枝の山に巣食いし四天王よ、古き名を捨て四方の明王に帰命せよ!」


「さっさと起きやがれ!大枝の四天王ぉッ!」


 四天王と呼ばれた鬼達の体が輝き始め、背後に降三世夜叉明王、軍荼利夜叉明王、大威徳夜叉明王、金剛夜叉明王、巨大な曼荼羅の中心に大日如来の化身、不動明王を背にした茨木童子が鵺に対峙した。


第廿六話 了

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