第3話 オオカミと炎

 リコ達は森を無我夢中で走り続けた。

 それは高かった陽が傾き、気づけば夕暮れになるほどだ。

 そのことにリコが気づいた時、オオカミにおびえていた子供がつまづき、転んだ。

 リコ達を助けた少年は「アル?!」と言って立ち止まり、転んだ少年をおんぶしてリコを見た。


「あの…あなたは――」

「それは後だ。そろそろ村の大人たちと合流できるはずだから――」


 リコの言葉を遮るように少年が言った時、彼らの遠く前方、影が複数こちらに迫ってきた。

 一瞬リコ達は身構えた、が。


「いた!? いたぞ!」

「おお!! フェイ! 無事だったか!」

「ったくお前……チビだからすぐ見失うんだよ!!」


 それは人間の大人たちだった。

 彼らはリコ達を救った少年――フェイのことを口々に言いながらリコ達に駆け寄り、大人たちの一人が「フェイ! お前もっと大きくなれよ!」とフェイの頭をくしゃくしゃした。

 フェイは慣れてるような雰囲気を出しつつ「好きで小さくなったんじゃねえよ」とぶっきらぼうに頭の手を振り払った。


「それでフェイ。この子は? アル以外の子供も森に迷いこんでたのか?」


 大人たちはリコに目をやった瞬間、彼女の肩に乗っているクロのことに気づきギョッとした。


「おいこの子!」

「まさか……ドラゴン連れてるのか?」

「まさかあのすごい炎の正体って……」


 驚愕する大人たちに対し、リコはあたふたしながら説明しようと試みた。

 しかしフェイが「説明は後だ」と言った。

 大人たちは「どうしてだ?」と眉をひそめる。


「オオカミに追われたんだ俺たち」

「オオカミだと? だがもう追ってきてないし逃げ切ったんじゃないか?」


 フェイは「と、思いたいけど」と言って辺りを見渡した。

 オオカミらしき影はない。

 しかし大人たちの一人が思い出したかのように「あれか、何たらの獣って言われてるヤバいオオカミの噂」と不安げな面持ちで言った。

 フェイはうなずいた。


「そう、俺も名前は忘れたが、どう猛でオオカミの中でもとくに人を襲うやつだ。何十人もの人を既に食ってるらしい」


 それを聞いた大人たちは口々に言った。

「それは……急いで安全な場所に行った方がいいな」

「普通のオオカミくらいなら今の手持ちでどうにかできるが……」


 フェイは「俺もそんなやつとはごめんだ」と言いながら、そばでおびえていた少年――アルの頭をなでた。


 その時、リコの肩の上で寝ていたクロが何かに気づいた様子で目を開け、森の奥の方を見た。

 それに気づいたリコ、続けてフェイ達はクロの視線の先を見た。

 そこにはオオカミ達がいた。

 数は十を超える。

 フェイ達はすぐにリコとアルをかばうように立った。


「おいおい……オオカミ達じゃねえか」

「噂をすれば、か」


 心境を吐露しながらフェイ達は携えていた剣などの武器を抜いた。

 そしてフェイはリコに小さなナイフを渡して「一応やるが変な真似するなよ?」と言った。

「どういうこと?」とリコは不安と不満の混じった声でたずねる。

「戦うなってことだ」とフェイが言った。

 その時だった。

 突然クロが飛び上がり、大きく息を吸い込んだ。


「何する気だ?」


 大人たちの誰かが言った。

 その直後、フェイがとっさに「みんな伏せろ!」と叫ぶ。

 全員が反射的に伏せた直後、クロは勢いに満ちた炎をオオカミ達めがけて放った。


 まるで体ごと覆い、貫くような炎だった。

 炎をかわす者、炎をまともにくらい苦しむ者、炎に驚き森の奥へと逃げ出す者。

 オオカミの群れは混乱に陥る。

 それを見ていたフェイ達は「す、すげぇ……」と驚嘆することしかできずにいた。

 

「これがドラゴンの力」

「まだ子供なのに……」


 その時、クロは炎を吐くのを止めてリコの肩の上に降り立った。

 クロの吐いた炎は一つの炎の道のようになっており、轟々と燃え盛っている。

 リコは熱波のように届く炎の熱を感じながらも、降りてきたクロを労うように彼の頭をなでた。

 フェイはそんなリコを少し見ていたが、何か言いたそうな様子でリコに声をかけた。

 リコが「なに?」と言った時、二人を遮るように大人たちの一人が「おお……おいおい……!」とおびえた様子でオオカミ達の方を指した。

 リコ達も指された方を見て、息をのんだ。


 クロの放った炎はまだ燃えている。

 しかしその中を、リコ達をギラりと見つめたまま歩く隻眼のオオカミがいた。

 体躯はほかのどのオオカミよりも大きく、体のあちこちにできた傷と筋肉の筋が炎で爛々と照らされている。

 威風堂々と隻眼のオオカミは一歩、また一歩と歩いていた。


「おい嘘だろ……」

「あれがまさか、例の獣?」


 フェイは「だろうな!」と言って手に収まる程度の球体を投げた。

 直後、破裂音がしたかと思うと、赤い煙幕が隻眼のオオカミを覆うようにもくもくと立ち込めた。

 だが煙幕の中からバッと勢いよく隻眼のオオカミが飛び出した。

 なんともない隻眼のオオカミの様子にフェイは「おい嘘だろ、熊とかでも悶えるきついやつだぞ」と言葉をこぼす。

 すると今度はクロが飛び上がり、隻眼のオオカミめがけて炎を吐いた。

 隻眼のオオカミは炎をまともにあび、さすがに動けない様子だ。

 クロは吐き続ける。吐き続ける。炎をひたすら吐き続ける。

 そしてついに吐き終えたとき、隻眼のオオカミは「グルル……」と苦しそうな声を漏らして地面に伏せた。


「やったか?!」

「おお……すげえ! あの獣を!」

「さすが子供といえどドラゴンだ!!」


 だがそんな人間たちの感嘆をかき消すように、隻眼のオオカミは空に向かって吠えた。

 すると炎をくらい戦意を失っていたオオカミ達がよろよろと立ち上がり、リコ達を見た。

 その様子は戦場で兵士たちを鼓舞する指揮官のようでもあった。


「おいまじかよ」


 大人たちの一人が言った。

 しかしフェイは――


「まじだよ、でもやるしかねえ!」


 傷を負ったオオカミ達がフェイ達に向かってくる。

 幸い、隻眼のオオカミはまだ立てずにいた。

 フェイ達は襲い掛かるオオカミに立ち向かった。

 その間、リコは手にしたナイフをギュっと握りしめながら、アルをかばいつつ後ずさりした。

 少しでも戦いの場から非力なアルを離すために。


 そうしている内に、オオカミ達が一頭、また一頭と倒されていく。

 フェイ達は傷を負いながらも着実にオオカミ達を撃退していたのだ。

 その様子を見ていたリコはアルを安心させるように「大丈夫、大丈夫だから」と言った。


「本当?」


 アルは涙交じりにたずねた。


「うん、だってフェイ君たちは強いから――」


 その時、アルは声にならない悲鳴をあげた。

 アルの瞳に立ち上がった隻眼のオオカミが映る。

 フェイ達もそのことに気づいた。

 そしてリコが気づいた時、隻眼のオオカミはリコに狙いを定めた。


「逃げろ!!!!」


 フェイはそれしか言葉を振り絞れなかった。


 隻眼のオオカミがリコめがけて走る。

 フェイはリコを守ろうと彼女の方へ。

 するとその時、隻眼のオオカミの足を止めるように炎がオオカミを襲った。

 いつの間にか飛び上がったクロによるものだ。

 炎で隻眼のオオカミの姿が見えなくなる。

 リコ達全員が一瞬安心し、気をゆるめた。


 だが、隻眼のオオカミは突き破るように炎の中から飛び出してきた。


「アル君――!!」


 リコはアルを突き飛ばした。

 その直後、リコの体は吹き飛ばされ、数十メートル離れた木に背中をぶつけた。

 隻眼のオオカミがリコに体当たりしたのだ。

 リコは嗚咽する。

 しかし嗚咽する暇さえ与えぬかのように隻眼のオオカミがリコめがけて走った。


 数十メートルなど一瞬だった。

 リコが気づいた時には目と鼻の先にまでオオカミが迫っていた。

 リコは目をギュっとつむり、拒むように顔の前に両手を出した。

 手にナイフは持っていない。

 吹き飛ばされたときに落としてしまったのだ。

 フェイが走る。クロもリコのもとへ急ぐ。

 しかし間に合わない、間に合わないのだ。


 死にたくない。死にたくない。


「まだ、死ねないッ……!!」


 その時。

 リコとオオカミの間に遮る壁のように突如として魔法陣が浮かび上がった。


 オオカミの牙は届かない。

 リコは違和感を感じ目を開け、魔法陣のことに気がついた。

 直後、彼女の目にクロが映った。


「まだ……死ねないッ……死んじゃダメッ!!」


 振り絞るようにリコは叫んだ。

 その時、魔法陣から炎が噴き出した。

 その炎はクロが吐く炎を思わせるほどだった。

 隻眼のオオカミはのけぞり、吹き飛び、そして地面に倒れる。


 リコは訳が分からない様子で呆然と隻眼のオオカミを見た。

 対してオオカミは体全身で息をしながらリコを見ていた。

 だが彼はよろよろとした動きでリコに背を向け、生き残ったオオカミ達を連れて森の奥へと消えた。


 その様子を立ち尽くして見ていたフェイはハッと我に返り、リコのもとへ駆け寄った。


「おい、今何を――」


 リコは精魂使い果たしたようにフェイにもたれかかった。

 フェイはゆっくりと彼女の顔を覗き込む。

 リコは眠っていた。

 フェイはリコを抱えたままクロを見て、肩を落として言った。


「何なんだよほんと……」

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竜と私の異世界生活 @akasatana_0093

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