第2話 初めての人間

 リコ達がこの世界で目覚めてから数日が経った。

 彼女たちはあいかわらず森の中をさまよい続けていた。

 水は森を流れる川が幸い透きとおるほど透明であり飲むことができ、食料は食べれそうな植物や小動物をクロに焼いてもらうことで何とかしのぐことができていた。

 だがこの生活が何週間も続くとどうなるか。

 炎を使えるクロが一緒とはいえ、生きていける確証をリコは得られていない。


「ねえクロ、私たち同じところをさまよったりしてないよね?」


 クロはリコの問いかけの意味が分からないと言いたげに首をかしげた。

 言葉が通じないのだから聞いても仕方ないか。リコは肩を落としながら空を見上げた。

 その時、リコはふと名案が思い浮かんだようで、クロに「ねえ! クロって空を飛べるでしょ?! だったら森の外ももしかしたら見えるんじゃない?!」

 そう言いながらリコは両手を広げ、鳥がバサバサ飛ぶような動きをしてみせた。

 必死さが伝わったのかは不明だが、クロは意気揚々と空高く飛びあがった。

 リコは飛びあがったクロを見て目をキラキラとさせた、が――


「あ、でもどうやって外の様子を伝えてもらえば……」


 クロは言葉を話せない。

 リコの名案は一瞬で瓦解し、そんなことなどおかまいなしにクロは元気よく森の木々の上を飛び回っていた。


「う~ん……クロにしかできないいい考えだと思ったんだけど……。……ん? クロにしかできない?」


 リコは飛んでいるクロを呼び戻した。

 クロがリコの前に座ると、彼女はこう言った。


「クロ、またお願いがあるの。まずさっきみたいに飛んで――」


 そう言うとリコはまた鳥がバサバサ飛ぶような動きをクロに披露する。


「で、高いところまで飛べたら思いっきり空に向かって炎を吐いてほしいの!」


 続けてリコは「グオオー!!!!」と言いながら手と全身を使って炎を吐いているような動きをしてみせた。

 クロは首をかしげることもなく、ただジッとリコを見つめている。


「まだ昼だけど、でもクロの炎を見て誰かが気づいてくれるかもしれないでしょ? ね? やってみてもいいと思わない?!」


 まるで自分に言い聞かせるように言うリコ。

 その後、彼女が何度も説明をするうちにクロはなんとなく理解したようで、クロは同意したような元気な鳴き声をあげて飛び上がった。

 「頼むよ~……」とリコは祈るような気持ちで飛んでいくクロを見上げる。

 そしてクロがどの木よりも高く飛んだところで、リコは思いっきりクロの名前を叫んだ。


「思いっきり!! 遠慮するな!!!!」


 クロは大きく息を吸い、炎を空めがけて吐いた。

 その炎は数日前にオオカミに放った炎よりもずっと大きく、渦巻く巨大な火柱が突如現れたようだった。

 二つ目の太陽がまるで現れたかのように、空はより明るく輝く。

 木々の間から炎がはっきりと見える。

 動物達が天変地異が起きたのかと言わんばかりにあちこちから顔を出しては逃げ出す。

 想定以上の炎にリコは思わずその場で腰をぬかして倒れてしまう。


「え……すごっ」


 リコが出せた言葉はそれだけだった。


 その後すぐ、クロがリコのもとに降りてきた。

 彼女はまだ驚きを隠せずにいたが、クロを労い褒めながら頭をなでた。

 クロはというと、どこかスッキリした様子だった。





 数時間後。

 リコ達は水を取りに近くの川に行った以外はこの場を動かなかった。

 あの炎を見て誰かが気づいてくれることに賭けているからだ。

 彼女たちは木陰にもたれかかって自分たちを見つけてくれるかもしれない人を待った。

 リコは辺りを見ながらもう少ししたら食料を探そうと考えており、クロはリコのそばでぐうぐうと昼寝をしている。


「のんきだねクロは……」


 あきれたようにリコは言った。


「でも、クロがいなきゃここにいないか」


 そう言いながらリコはクロの寝顔をぼんやりと見ながら頭をなでた。


 ちょうどその時だった。


 リコは視界の隅を何かが通り過ぎたのに気づいた。

 彼女はとっさに見えた方向に目をやった。


「あれは?!」


 リコは目を疑った。

 彼女が見たもの、それは人間の少年だった。

 少年はまるで何かから逃げているように全速力で走っている。

 姿は見えた、しかしリコ達から離れつつある。

 リコは慌てて立ち上がり、寝ているクロを脇に抱えて少年の方へ駆け出した。


「ねえ! 君!! 待って!!」


 リコが叫んだ瞬間、少年は声に気づき驚いた様子で立ち止まり、リコ達を見た。

 しかし直後、リコ達がいる方向とは別の方を見た。

 まるで何かにおびえているように。

 リコは少年の方を走りながら彼が見た方向を確認する。

 しかし木や草があるだけで何かがいるわけではなかった。

 不思議に思いながら走っているうちに、リコは少年に追いついた。


「お姉ちゃんだれ? なんでこんなところに?」

「えーっと、それを説明するのは無理というかわたしも知りたいというか……。それよりどうしたの? こんな森の中で一人で――」


 その時、少年はリコが抱えていたクロに気づき驚いたような声をあげた。


「え?! お姉ちゃんの持ってるその子って……」


 リコは説明しようとしたが頭が混乱し言葉に詰まっていた。


 すると――


 グルル……

 グルッ……


 うなり声が聞こえた。

 それも複数だ。


 少年はとっさに言った。


「オオカミだ……」


 彼がそう言った瞬間、茂みから数頭のオオカミが姿を現した。

 リコは少年をかばうように彼の前に立った。

 そして怯える少年の手を握り――


「大丈夫、心配しないで。こう見えてもわたしとクロはオオカミを退治したことあるから」


 少年は「え……?」と弱弱しい声色で言った。

 リコは彼を安心させるように強く握り、そして手を離して身構えた。

 クロはというと、いつの間にか目を覚まし、彼女の肩の上に立っている。

 いつでも戦えるという状態だ。


「さて、でも……」


 リコは不安を覚えた。

 この前と違いオオカミは一匹ではない。

 加えて守るべき子供までいる。

 クロがいるからオオカミを撃退することはできると彼女は確信している。

 だが自分の身の安全は分からない。

 そんな不安を抱えていたリコだが、そんなことなどおかまいなしにオオカミたちが彼女たちめがけて駆け出した。


「来る――」


 その時だった。


 突然、リコ達とオオカミ達の間に何かが投げ入れられた。

 かと思うと破裂音と一緒に赤い煙幕が両者を遮るようにもくもくと立ち込めたのだ。

 状況が理解できないリコ。

 その彼女の手を子供の手が握った。


「こっちだ!!」


 リコ達は何者か分からない者に手を引かれながら、無我夢中で森を駆けていった。

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