3 リアリティの方向性
小説というのは『ノンフィクション』と明記されていない限り、フィクションなわけだよね。これは言うまでもなく当たり前のことなのだが。
じゃあ物語は何でできているのかというと、少しの事実と空想でできている。
その事実には思想、体験、学んだことなどが含まれている。
自身の体験から別な何を生み出すことは多いでしょ?
例えば雨が降っているのを見て、地面から空へ雨が上がっていく世界を作る。
発想は無限大なので、いろんな可能性を秘めている。何を見て何を考えるのか、人それぞれ違うから世界は面白いのだ。
だがあくまでも物語の世界は【フィクション】なんだよね。
だから【あたかも存在するように】描く必要がある。それがリアリティを持たせるということ。
それは現実味を帯びさせることであって、実際にあるかどうかは関係ない。
自分の作った世界に対してのリアリティがあればいい。
ファンタジーでそれを説明すると……
ものが宙に浮いている世界があるとする。
『ものが浮くわけない』
なので『浮かせるためのシステムを考える』のではなく、浮いていることに対してのリアリティを持たせるということ。
それは、ものが浮いている世界なのにまったくその描写がなければ『ものが浮いている世界』であるリアリティを持たせることができないでしょ?
なので読者に対して『ものが浮いている世界』であることを感じさせるように描く必要があるということ。
これと同じようなのが、世界観に対してリアリティを持たせること。
ファンタジーならファンタジーらしさが必要。
考えてみて?
ファンタジーらしさとは何か。どんなシーンや種族が多ければファンタジーらしさが出るのか。
リアリティに関してはいろんな解釈があるようだけれど、少なくとも自分はこのように解釈している。
例えば友達がたくさんいる設定なのにまったく友人が登場しなかったら、この人は『友達が多い』というリアリティを持たせることが出来ない。
描写に拘る人は、なんでも説明したがる傾向にあると感じているんだけど。
○○は友人が多くて人気者で……というのはただの説明文でしかない。いかにシーンによってそれを表現するのか。そこが腕の見せ所だと思う。
友人が多い人というのが『ただの設定』であってはいけない。
そうではなく、物語の中で『この人は友人が多いんだなあ』と読者に感じさせるのが上手い表現法だと思う。
自己主張ではなく、表現するということだね。
「俺は天才なんだ」
と口で言っているだけなのは自己主張。
実際に100点ばかり取っていたら「天才なんだな」と感じるよねw
小説でも同じだと思うんだ。
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