ル・カフェー・ギャルソン1 純白の話
つき
純白
俺は流行りのカフェで働いている。
今日も本店から視察に来た、お局社員から注意をくらい、気分は撃沈だ。
それでも、毎日笑顔を貼り付け、客にサービスを提供する。
カフェは繁盛し、客が途切れることはない。
元々は小さな持ち帰りのケーキショップだったのだが、やり手のお局が店舗拡大して、
今は本店の他に、駅ビルにカフェを三店舗構えている。
コーヒー豆やオリジナルグッズの通販も手掛けていて、経営は順調のようだ。
自慢のケーキは、オーナーの亡き奥様が考案した、色鮮やかなフルーツタルト達だ。
目にした誰もが心躍るケーキは、もしかしたら、オーナーと奥様の愛の結晶だからかもしれない。
俺は、そんなケーキを求めにやって来る客達の為に、心が沈んでなどいられないのだ。
さて、本日から期間限定でお出ししている、ル・ブラン。
中も外見もクリームで真っ白、飾りも載っていない、美しい純白のケーキだ。
色とりどりのフルーツ達に比べ、やや見劣りするかと思いきや、開店から飛ぶように売れていく。
最後の一切れになった時、全身真っ白な服を着た中年の婦人が、それを買い求めた。
新規の客だな、と俺は丁寧に受け応えをした。
婦人は、
「この白いケーキは、いつからあるのかしら。いつも、色がついたものしか見掛けなかったから…」
と質問してきた。
俺は、ケーキは華やかな見た目のほうが、人気があるとばかり思っていた。
だが、今日のル・ブランの売れ行きを見て、婦人の言いかけた言葉に妙に納得し、
「こちらは、本日から期間限定でお出ししております。是非、またお買い求めください。」と笑顔で答え、慎重にケーキを包んだ。
背筋がすらっと伸びた、白髪の美しい人だった。
けれど何処か寂しげな印象を受ける、その婦人の背中を見送りながら、俺は考えた。
俺が知らないだけで、この世の中のどこかに、純白のケーキしか置いていない店が、もしかしたらあるかも知れない。
又は、漆黒のケーキだったり、無色透明のゼリーしかない店とか…。
俺はそこまで夢想してから直ぐバリスタに戻ったが、その考えは一日中、俺を巡っていた。
カフェのオーナーは、ケーキは華やかに、というコンセプトでやっている。その通りだと思う。
でも俺は大学生の頃、愛猫を亡くして悲しみに暮れていた時、ショートケーキの上の苺が眩しくて、いやに気まずく感じられ、
ケーキを食べられなくなった事があるのだ。
(大の甘党の俺は、その後、食べられる様に戻ったが。)
悲しい時でもお腹は減る。
カフェの前を沢山の人が、何事も無いような顔で通り過ぎる。
その中には、静かで優しい糖分を欲している人もいるのだろうか。
全ての客のニーズに応えるのは難しい。
でも、出来る限り応えたい。
いつか、喜びや嬉しい時だけでなく、悲しい時、悔しい時、憤った時、虚無な時、孤独な時、どんな時でも寄り添えるようなケーキをお出ししたい。
俺のそんな夢は、いつか叶うんだろうか。
fin
ル・カフェー・ギャルソン1 純白の話 つき @tsuki1207
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